五感を研ぎ澄ます紳士
第12回 春の食材を味わう、五感のよろこび
春は、ある日ふと気づくことで訪れる。
三月のある日、外を歩いていると、空気が少しやわらいでいることに気づく。
朝晩にはまだ冷たい風が残っているのに、日差しの中には確かな春のぬくもりを感じられる。
道端の木々に目を向ければ、枝先に小さな芽がふくらみ始め、静かに新たな季節が訪れる準備が進んでいるのがわかる。
冬のあいだ、じっと耐えていた木々が、見えないところで新しい命を育てている。
そのささやかな変化に気づいたとき、季節は確かに動いているのだと実感する。
やがて四月になると、街の景色は一気に表情を変える。やわらかな光に包まれ、木々は淡い緑をまとい始める。
そのなかでもひときわ目を引くのが桜の花だ。
つぼみだった枝先がふわりと色づき、気がつけば街はやさしい桜色に染まっている。
満開の桜並木の下を歩けば、頭上いっぱいに広がる花びらが風に揺れ、ときおり舞い落ちる。
そのひとひらに、春という季節に咲く花の儚さと美しさが凝縮されているように感じられる。
限られた時間だけ咲き誇るからこそ、私たちはその瞬間をより大切に受け止めるのかもしれない。
こうして自然がゆっくりと、しかし確実に移ろっていくころ、食卓にもまた春が訪れる。
春の食材には、ただ「食べる」という行為を超えた魅力がある。
それは五感を通して、季節を感じさせてくれるという点にある。
まず目に入るのは、そのやわらかな色合いだ。
淡い緑の菜の花、ほのかな紫を帯びた山菜、桜色を思わせる鯛や貝。
冬の濃く力強い色とは違い、どこか軽やかで、見ているだけで心が和んでいく。
食卓に並ぶだけで、そこに春の気配が満ちていくのを感じる。
耳を澄ませば、台所にも春はある。
筍を切るときの軽やかな音、山菜を天ぷらにしたときの衣がはじける小気味よい音。
その何気ない響きが、季節のはじまりを知らせてくれる。
料理をする時間さえも、春を迎える大切なひとときへと変わっていく。
香りもまた、春の記憶を呼び起こす大切な要素だ。
ふきのとうのほろ苦い香り、木の芽の青く清々しい香り、ゆでた筍から立ちのぼるやさしい土の匂い。
それらは一瞬にして、山や畑の風景を思い起こさせ、遠くにある自然をぐっと身近に引き寄せ感じさせてくれる。
口に含めば、春の味わいはさらに深く広がる。
山菜のほろ苦さ、貝のやさしい甘み、旬の野菜のみずみずしさ。
どれもが繊細でありながら、芯のある凛とした味わいを持っている。
そのほろ苦さや清々しさは、冬のあいだ眠っていた身体をゆっくりと目覚めさせ、新しい季節へと導いてくれるかのようだ。
そして、手に触れる感覚にも春は宿る。
新玉ねぎのやわらかな皮、菜の花の瑞々しい茎、筍のずっしりとした重み。
手に取った瞬間に、土のぬくもりや自然の息づかいが伝わってくる。
こうした触覚の記憶は、意外なほど深く心に残るものだ。
旬の食材とは、その時期に最もおいしく、最も栄養を蓄えた自然からの贈り物である。
だからこそ、ただ味わうだけでなく、五感をひらいて向き合うことで、私たちは「季節そのもの」をいただくことができる。
そこには、自然とともに生きるという、当たり前でありながら忘れがちな感覚がある。
春の食には、不思議と心をほどく力がある。
長い冬を越えて芽吹いた命には、静かな力強さとやわらかな季節の息吹が宿っている。
その恵みを口にすることで、私たちは季節の移ろいを感じる。
忙しい日常のなかでは、つい食事を「済ませるもの」として捉えてしまいがちだ。
しかし、ほんのひととき立ち止まり、目の前の食材に意識を向けるだけで、その時間は大きく変わる。
色を眺め、香りを感じ、音に耳を澄ませ、味わい、手で触れる。
その一つひとつの感覚が、私たちを自然とのつながりへと静かに導いてくれる。
春は、目に見える風景だけでなく、食を通しても確かに感じることができる季節。
今年はほんの少しだけ五感をひらき、食卓に並ぶ春の恵みとゆっくり向き合ってみたい。
そうしたひとときの積み重ねが、日々の暮らしに穏やかで奥ゆかしい豊かさをもたらしてくれる筈だ。
鈴木 三月 Yayoi Suzuki
東京都出身。
パリソルボンヌ大学、Institute Catholique大学短期留学後、
パリプレタポルテ・オートクチュール協会日本事務所入社。
その後(株)エルカ入社KENZOのレディースPR担当として働く。
1991年 日本におけるアタッシェ・ドゥ・プレスの先駆けとして(株)パザパを設立。
ヨーロッパのファッションブランド
のPRを主に手掛けるとともに、髙田賢三氏本人からの依頼によりKENZO PARISの日本におけるブランドPR及び髙田賢三氏本人のパーソナルマネージメントをスタート。
又、その後㈱パザパの業務は、ファッションに留まらず、美容・レストラン等衣食住を中心とした業務へと活動の幅を広げる。
2000年 髙田賢三氏の共同経営者として(株)KENZO TAKADAを日本に設立。
2011年(株)パザパを、(株)セ・シュエットに社名変更(パザパはPR事業部として存続)。
2013年 調理師免許取得後、フードアドバイザーの仕事をスタート。
各種イベントにおけるケータリング等開始。
2014年よりWEB SITE 『Minimalize+plus』でレシピを公開。
2020年10月、SHOP CHANNELにて自身のウィメンズのブランド・ミニマライズ+プラスをスタート
2023年2月 「髙田賢三と私」を出版。 著書を出版後、髙田賢三氏のご功績とお人柄を多くの方に伝える為、又次世代を担う若者及びアーティストの方々に向けて講演活動やラジオ出演をスタート。
WEB SITE Minimalize+Plus https://minimalize-plus.tokyo/
著書『髙田賢三と私』 https://bookpub.jiji.com/smp/book/b621530.html
Minimalize+plus/SHOP CHANNEL https://onl.bz/QeNN3vR
Instagram https://www.instagram.com/yayoi_suzuki_/?hl=ja
FB https://www.facebook.com/yayoi.suzuki.146
X https://x.com/yayoisuzuki
【講演会】
姫路市主催・姫路城世界遺産登録30周年記念事業/公益財団法人神戸ファッション協会主催ファッションスペシャルステージ/名古屋音楽大学ヴォーカルアカデミー2024/たまがわLOOP世界に誇る日本人デザイナー髙田賢三/文化服装学院 世界に誇る日本人デザイナー髙田賢三の偉業/アクリエひめじマダムバタフライ・衣裳に秘めた想い 髙田賢三/実践女子大学・駒沢大学「アタッシェ・ド・プレスの視線」
【ラジオ出演】
渋谷のラジオにゲストに2回出演
https://note.com/shiburadi/n/n7e237019e8be
渋谷ラジオ“ウラハラプロジェクト”第23回”賛同人トーク“』にゲスト出演
https://qr.paps.jp/SDO3M
オンラインラジオ 「渡辺喜子(YoshikoLee)の風」に計3回ゲスト出演
【前編】ファッション界に与えた影響https://stand.fm/episodes/67a5a103cc7911f191c5ec7c
【後編】プライベートについてhttps://stand.fm/episodes/67a5b229b882aa4964b92efe
【特別版】みんなが知らない裏話https://stand.fm/episodes/67aac24d0ecf095805085de0
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