私が出会った紳士
Vol.2 熊ちゃんのバッグを持った紳士 榎本了壱さん
ある月曜日の午後、榎本了壱さんから電話がかかって来た。
「おゆき坊、たくさん絵を描いたから個展ができるようにいっておいたよ」
「嬉しい!大きい絵もあるから」
「だったらそこの会場はムリだから、 Bunkamuraに伝えておくよ」
「うわ〜、ありがとうございます!」
こうして私の初めての個展が決まった。
まさか自分がこんなに華々しく画家デビューできるとは思っていなかった。
素敵なギャラリーで自分の絵画作品を発表できたばかりでなく、大パーティーも開き多くの方にご覧いただいた。
感激だった。
あれ以来、大規模な個展が続き、そのたびにいつも無理を言って、榎本さんにクリエイティブ・プロデュースをしていただいている。
私が好き勝手にやりたいことを羅列すると、榎本さんはちょっと困った顔をして
「おゆき坊、それどうやるの?」
と、あきれ顔。
でも、気がつくと、私の無理をぜんぶ現実に落とし込んでくださる凄い方だ。
そんな榎本さんが、昨年末ggg(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)で素晴らしい回顧展を開かれた。
今までデザインした数多くのポスターや本、雑誌、果ては天才少年だった頃の手作りの詩集まで並んで、圧巻だった。
それだけではない。
最近描き上げた、長さ10メートルもある書畫も、榎本さんの繊細さとセンスの良さが満載だった。
あまりに多彩なので、みんな榎本さんが何をする人なのか?分からなくなってしまうほどだが、榎本さんは素晴らしいグラフィック・デザイナーであり、美術館のクリエイティブ・プロデュース、出版物のエディトリアルデザイン、俳句の会も主宰し、オリンピックのエンブレム委員や京都造形大学の教授でもある。
榎本了壱さんに出会ったのは、かれこれ40年程前、私はまだ女優としてデビューしたてで、榎本さんが編集長をしていた「SUPPER ART GOCOO」や「ビックリハウス」でインタビュー記事などを載せていただいたのがきっかけで親しくなり、ずいぶん可愛がっていただいた。
中勘助の小説「銀の匙」を教えてくださったのも榎本さんだし、ボブ・マリーの曲を教えてくださったのも榎本さんだった。
榎本さんの辞書には、骨惜しみという言葉はない。
とにかくいつだってクリエイティブである。
頭がよすぎて悲しくなるのか、会議でもひたすらダジャレを連発する。
するとみんな大喜び。
私だけがダジャレの意味がわからずボ〜ッとしている。
そういえば、いつか待ち合わせをしたら、榎本さんは素敵なグレーのカシミアのコートにシックなベイズリーのスカーフをしていた。
「まあ、おしゃれ!やっぱり紳士だわ!」と思ったが、よくみると手に熊ちゃんの模様がついた布製のバッグを持っている。
「どうしたの?最高にセンスいいのに」と尋ねると
「これを持っていないと自分でないような気がするんだ」と、榎本さんは呟いた。
いつも熊ちゃんのバッグを持っているわけではないが、シックに決めた時はちょっとハズしたかったのだろう。
さすが榎本さんである。
これからも楽しい事を沢山ご一緒したい素敵な紳士なのである。
蜷川有紀 YUKI INNAGAWA (画家・女優)
1978 年、つかこうへい版『サロメ』にて、3000人の応募者の中から主役に選ばれ女優としてデビュー。1981 年、映画『狂った果実』でヨコハマ映画祭新人賞受賞。以降、出演作多数。2004年には、短編映画「バラメラバ」を監督・脚本・主演。2008 年、Bunkamura Gallery にて絵画展『薔薇めくとき』を開催。同年度情報文化学会・芸術大賞受賞。以降、薔薇をテーマにした大規模な個展を毎年開催。岩絵の具で描き上げた魅惑的な作品が女性たちの圧倒的な支持を得ている。2017年5月末にパークホテル東京にて開催した個展『薔薇の神曲』では、縦3メートル横6メートルの超大作「薔薇のインフェルノ」を発表。イベントとしても異例の成功を収めた。また、日本文化デザインフォーラム幹事 、(財)全国税理士共栄会文化財団 / 芸術活動分野選考委員、InnovativeTechnologies 特別賞選考委員、青森県立美術館アドバーザー等として多くの文化活動にも貢献している。
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