紳士のための「思考の調律」
第3回 相手の言葉を「最後まで聞く」作法
その日、私は一冊の申請書を前に珈琲を一口ゆっくりと味わいました。 カップから立ち上る湯気の向こうには、これから始まる協議の資料が静かに並んでいます。
広島県庁に勤務していた頃、情報技術に関わる投資は、すべて私のもとへ申請が上がってきました。 新しい情報システムの導入、パソコンの購入、ネットワークの整備。 県民の皆様からお預かりした大切な税金を使う以上、その投資は本当に必要なのか。十分な効果が期待できるのか。私はその一つひとつを確認し、最終的に「進めるべきか、見送るべきか」を判断する役割を担っていました。
年間二百件を超える協議です。 福祉、防災、医療、観光、教育、警察……。 担当部署が違えば、目的も背景も異なります。当然、同じ案件は一つとしてありません。だからこそ、私はどの協議にも先入観を持たず、真摯に向き合おうと心掛けていました。
しかし、最初から今のような進め方ができていたわけではありません。 若い頃の私は、相手の説明を聞いている途中で疑問が浮かぶと、すぐに口を挟んでいました。 「なぜ、この方法なのですか」 「こちらの方が効率が良いのではありませんか」 相手はどの質問にも丁寧に答えてくれます。ゆえに、協議自体は滞りなく進んでいきました。
それでも終わったあと、私の中にどこか釈然としない思いが残ることが多々あったのです。 私は、自分の質問に対する答えは聞いている。しかし、本当に聞くべきことを聞けているのだろうか——。そんな違和感でした。
ある日、ひとつのことに気がつきました。 途中で質問を投げかけると、相手の意識は「質問に答えること」へ向いてしまいます。すると、本来話したかったことや、相手が頭の中で整理しながら伝えようとしていた思考のプロセスが、途中で断ち切られてしまうのです。
人は話しながら、自分自身の考えを整理していくものなのかもしれません。 最初は漠然としていた思いも、言葉にするうちに輪郭を帯び、本当に伝えたかった核心へと少しずつ近づいていく。その大切な助走の時間を、私は自身の「質問」で止めてしまっていたのではないか。そう思うようになりました。
それ以来、私はひとつのルールを自分に課しました。 まずは、最後まで話を聞くこと。 途中では決して質問をしないこと。 相手が話し終えるまで、自分の考えはいったん脇に置いておくこと。 そして説明がすべて終わったあとに、5W1Hを意識しながら、本当に確認すべきことだけを三つ、多くても五つだけ質問する。最後に、意思決定を下す。
実践したのは、ただそれだけのことです。
不思議なもので、この手法に変えてから協議の質は劇的に変わりました。 担当者は途中で話を遮られることなく、自分の考えを最後まで伝えることができます。私自身も、全体像を深く理解したうえで的確な問いを投げかけられるため、本当に確認すべきことだけが鮮明に見えるようになりました。何より、判断に迷うことが少なくなったのです。
今振り返ると、年間二百件を超える協議の波に揉まれる中で私が磨いていたのは、「話す力」などではありませんでした。それは間違いなく「聞く力」だったのだと思います。
考えてみれば、これは仕事に限った話ではありません。 家庭でも、友人との時間でも、私たちは相手が話している途中でつい口を挟んでしまうことが頻繁にあります。 「それは知っていますよ」 「私も同じ経験があります」 「だったら、こうすればいいんじゃないですか」 決して悪気があるわけではありません。少しでも力になりたいという、優しさから出た言葉です。
しかし、その何気ない一言によって、相手は本当に話したかったことを飲み込んでしまうことがあります。明確な答えを求めていたのではなく、ただ最後まで、自分の話を聞いてほしかっただけなのかもしれません。私自身にも、思い返せば赤面するような場面が幾度もありました。
だから最近は、以前よりも少しだけ意識していることがあります。 答えを急がないこと。 話の途中で結論を出さないこと。 そして、自分の考えを述べるより先に、まずは相手の思いを静かに受け止めること。
生成AIは、質問すれば瞬時に最適解を返してくれます。仕事でも研究でも、その圧倒的な能力には日々助けられるばかりです。これから先、AIはさらに賢くなり、私たちよりも早く、より正確な答えを導き出してくれるでしょう。それは間違いなく、社会をより豊かで便利なものにしてくれるはずです。
しかし、人と人との間には、論理的な「答え」よりも先に必要なものがあります。 それは、「最後まで話を聞いてもらえた」という安心感です。 安心できるからこそ、人は本当の気持ちを話せる。本当のことを話せるから、お互いを深く理解できる。理解し合えるから、そこに確かな信頼が生まれる。 私は、コミュニケーションにおいてその「順番」を違えてはならないのだと思っています。
最近、珈琲を飲む時間が少し長くなりました。 以前なら、次の仕事へとそそくさと急いでいた時間です。それが今では、一杯の珈琲をゆっくりと味わいながら、その日に出会った人々の言葉を思い返すようになりました。
「あの方は、本当は何を伝えたかったのだろう」 「あの場面では、もっと最後まで言葉を待つべきだったのではないか」
そんなことを考えていると、一杯目はいつも、あっという間に空になってしまいます。私は一日に何杯も珈琲を飲みます。「飲み過ぎですよ」と呆れられることもあります。 しかし、私にとって珈琲とは、単に眠気を覚ますための実用的な飲み物ではありません。人と向き合った時間を振り返り、自分の思考を静かに「調律」するための、かけがえのない時間なのです。
だから私は今日も、誰かが話し始めたら、できるだけ最後まで耳を傾けようと思っています。 それが正解なのかは分かりません。しかしこれこそが、年間二百件を超える協議が私に教えてくれた、ひとつの確かな答えでした。
私の備忘録③
話すことで伝わることがあります。
でも、最後まで聞くことでしか、伝わらないこともあります。
桑原義幸 (Kuwahara Yoshiyuki)
(行政DX、サイバーセキュリティ、AIリテラシー、アート思考)
大阪府出身
IT・サイバーセキュリティ分野の専門家であり、アートを通じて「豊かな人生」を探求する実践者。DEC、KPMG、Arthur Andersenなど外資系企業で研究開発や経営コンサルティングに従事した後、金融庁、会計検査院、原子力規制委員会、広島県などで情報戦略・デジタル政策を推進。広島県では13年間にわたりCIOとして県政のデジタル化を牽引した。現在は株式会社ArteVisione&Co.代表取締役、日本電気(NEC)株式会社エグゼクティブストラテジスト、株式会社Trive常務執行役員などを務める一方、京都芸術大学大学院で美術・工芸デザインを研究。「テクノロジーと芸術は、人の心を豊かにするためにある」という信念のもと、本連載では人生を味わい深く生きるための美意識や教養、そして大人のたしなみを綴る。仕事と芸術、理性と感性、その両方を往復しながら、自分らしく生きるヒントを読者とともに探していきたい。










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