【ステッキは人生の水先案内人】
東京・木場という材木屋の集まる町で生まれ育ち、家業の材木屋を継いだ3代目村山さん。
父親が亡くなり、50歳で「何か新しい分野で木を活かせることはないか」と思った時に出会ったのが『杖』という本である。
「『50にして天命を知る』と昔から言うじゃないですか。
ステッキの事が夢に出てくるようになりましてね」(村山)。
自分にしかできない、木を知っているからこそできる世界に一本しかない品格のあるステッキ創りをしようと思い立った。
そこでまず、全国の競合他社のリサーチから始めた。
百貨店の売り場に行って何食わぬ顔で「これは何の木でできているんですか」と聞いても、ほとんどの場合、答えられない。
大半が輸入品の老舗専門店でも木のことをあまり知らないということがわかった時「これなら勝ち目がある」と思った。
そして10年前からステッキを創りはじめ、2016年8月に店舗を構えた。
オーダーステッキ専門店「ラカッポ」である。
「『内外諸国、天下一品、木魂の杖』と思って商いをしていますよ」(村山)。
【ステッキと杖は違う】
お年寄りや、身体の不自由な人が持つ杖と、ステッキとは違う。
ステッキは、おしゃれで持つアクセサリーであって、身体を支えるものではない。
だから、足が悪くなってから使おうと思っても、そう簡単に使いこなせるものではないらしい。
昔は日本も、ステッキを日常のおしゃれとして使っていた時代があった。
明治時代、帽子をかぶりステッキを持って男性たちは優雅に、楽し気に歩いていた。鹿鳴館の頃には華やかなパーティで携えている姿があり、欧米に負けないステッキ文化があったのだ。
木に対する畏敬の念や、信仰、文化がプラスされて日本的要素となり、さらに日本独自の伝統工芸を用いた金銀細工、竹製、漆、蒔絵が施されたモノは欧州を魅了した。
印象に残るのは、白洲次郎、吉田茂のステッキ姿。
しかし戦争が色濃くなってきた頃から廃れてしまった。
「失われた精神構造を復活させたい」と力を入れる村山さん。「帽子が復権してきましたし、ステッキもこれからですよ」。
ステッキは、「人の品格をあげ、歩く姿勢が良くなり、歩くことに伴い心身の健康が増し、相手へのいたわり、心がわかり、人生の自信、余裕が生まれ、お洒落の演出が上手になり、遊び心が増し気分が高揚し、生涯の友・伴侶であり生き方の鏡であり、歩みの道しるべ人生の案内人であり、身を守る武器となり、まさに転ばぬ先の杖となる」というのが、村山さんのステッキ10訓だ。
もちろん、村山さんの扱うステッキは希少価値の銘木を使い、極めて美しい。
挽き肌の色彩と杢目の美しさが際立つ素材は、長年、木に携わった経験があるからこそだ。
しかも、硬い木を曲げて作る握り手のフォルム(ステッキの王道、大曲品)の掌を通じての持ち心地の良さは極上である。
村山さん愛用のステッキ。
自分ならではの一本は、使えば使うほど愛着がわく。
「一般的にはスネークウッドという蛇のような模様のある木が最高級だと思われていますが、どうですか、この黒柿(くろがき)の杢目の美しさ。
この木の杢目、孔雀杢、網目が現れる原木は、100本に一本、1000本に一本しか出ない確率です。
更に乾燥させるのが難しく、ステッキの長さに対して杢目を切らず、まっすぐの長さに挽き上げるのは至難の業。
四季にもまれた日本の銘木、松、黒柿は曲げるのに最難度品と言えます。世界中の銘木、硬い木から柔らかい木に至るまですべての樹種を曲げられるようになるまで6年ほどかかりました」(村山)。
この技術と機械共、現在特許申請中である。
「ステッキを深く知れば知るほど、どんどんとりこになってしまいます。
世に収集家と言われている方は多いと聞きますが、『蒐集家』になるほど熱中する魅了あるアイテムの一つです」(村山)。
大学を卒業して京都の老舗銘木商で修行したときに頂いた額。
【内面からあふれてくるのがダンディズム】
オーダーする時は、素材の杢目の表情から決める。
材料の木そのものは、短くて10年、長いと50年も乾燥を要したものもある。
次に、顧客の身長や用途に合わせて寸法を決める。
さらに握り手、ハンドルの形、材質、石突材(ゴム先はもちろん、象牙、水牛、銀など)、本体に銀細工や宝飾仕様まで、あらゆる要望に応えてくれる。
銘木を語らせたら他に並ぶ人はいない村山さんは、日本をはじめ世界から貴重な銘木を集め「この木の生きてきた生き様をどう活かすか」を真剣に考え加工する。
生き方そのものが粋で「目標をもって毎日切磋琢磨して実践すると、おのずと身体からオーラが出てきます。そのあふれ出るのがダンディズムでしょう」と語る。
ステッキを持つと人から注目され、自然に美しくふるまうようになる。「視線を感じると高揚感がありますよね。
良いものを持つと自信がわいてきます。
ポーズや着こなしは、練習して身につけていかないとだめです。
30代はステッキを持つ心の準備期間、40代に入ったら考えるより持って慣れてほしい」(村山)。
粋で、おしゃれで、優雅で、気品のあるステッキを持つ成熟した大人の文化。
「ひとつ上の世界にのぼるための小道具としてステッキを使いこなし、物語を知って、ステッキと共に文化や精神がよみがえることを念じています」(村山)。
人生ステッキと共に楽しく歩み闊歩する、ラカッポの世界を期待したい。
ラカッポ・ステッキの曲げの匠技は、まさに芸術品。