<フラメンコとクラシック、2つの柱>
200年の歴史を持つフラメンコは、ご存知、スペインの伝統的な歌と踊りとギターの芸術である。かかとで地をけり、手拍子を打ち鳴らし、独特のリズムで、歓喜や慟哭などを情熱的に紡ぎだす。この民衆の音楽には譜面がない。しかも、演奏と同時に作曲し、リズムとパターンをもとに、プロの演奏者同士がその場でつくりあげていくのだ。
そのフラメンコ・ギターを6歳の時から弾き始め、ベルリン・フィルと共演し、今や、ジャンルを超えた世界のスーパー・ギタリストとして知られているのが、カニサレスさんである。
「子供の頃から、フラメンコが身近にあったのです。父はよくフラメンコを歌っていましたし、9歳年上の兄はプロのフラメンコ・ギタリストで、しょっちゅう家でも弾いていました。住んでいた環境の中で自然に育まれてきたのです」。
そして、あっという間に才能が開花していく。
「自分自身の中に色々な音楽に対する興味が芽生えて、何か解決する手段はないのかなと思っていたのと、『この子は才能があるから勉強したほうがいい』という兄の勧めがあって、9歳でクラシックの音楽院に入りました」。
「フラメンコというのは自分にとって空気のようなもの。クラシックは音楽院に通うようになって、あとから入ってきたものだから、まだ幼かったし、自分の中でうまく両立できる。異なる2つのものですが、自分の中にきちんと柱があって、うまく融合しています」。
そして、ジャンルを超えたギタリストとして世界で活躍している。
「ギターを持った瞬間にイキイキと輝き始める」
<巨匠パコ・デ・ルシアとの出会い>
11歳の時にはすでに歌い手の伴奏としてレコーディングをした経験があり、それ以降もずっと録音やコンサートが次々にあったので、特にプロになろうと意識しなくても、自然にプロになっていた。
「魚は水の中を泳いでいるときに、水の中にいるという自覚がないのと同じです」。
13歳で、フラメンコ・ギターの神様と言われる巨匠パコ・デ・ルシアに出会い、「いつか一緒に演奏しよう」と言われ、その言葉通り、10年後に電話をもらってパコのセカンド・ギタリストとして活動することになった。
「パコは、自分にとってはあまりにも存在が偉大すぎて、何と表現していいか難しい。まず自分が初めてパコ・デ・ルシアの音楽を聴いた時の衝撃というのは今でも覚えていて、もっとフラメンコ・ギターを追求していきたいなと思う原動力になりました。その後、実際に本人と知り合ってメンバーとして演奏するようになって、何百何千と一緒に演奏して、その中から学ぶことは計り知れないほど大きなものでした。父であり、兄であり、友人であり、プライベートでも、プロフェッショナルとしても尊敬していますし身近な存在です」。
フラメンコの情熱とスペイン・クラシック音楽が融合した、超絶技巧のギターを堪能できる8年ぶりのフラメンコのアルバム。
<ベルリン・フィルとの共演で世界のスターダムに>
世界屈指のオーケストラ、ドイツのベルリン・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者兼芸術監督サイモン・ラトルの指揮で「アランフェス協奏曲」を共演したのは、2011年のことである。ベルリン・フィルとフラメンコ・ギタリストとの世界で初めての共演だ。マドリードの王立劇場で演奏し、世界的名演と言われた。
「本当にすごく大きな経験だったし、サイモン・ラトルが指揮をしている状況で隣に座って演奏しているというのはまさに、夢のようでした。『アランフェス協奏曲』を、リズムを重視した、これまでとはちょっと違った演奏のアプローチだったんだけれど、オーケストラの人も楽しんで演奏しているのがわかったので、それもひとつ自分にとって大きな経験になりました」。
このベルリン・フィルとの共演がきっかけで、クラシック・ギターとフラメンコ・ギターとのハイブリッド・ギターまで製作した。クラシック・ギターは一音ごとの響きを大切にしている一方、フラメンコ・ギターは、スピード感を求めるので立ち上がりが早くなければならないし、共鳴させないようにする必要がある。その両方を実現するために、18世紀から続くギター製作者6代目のヴィセンテ・カリージョさんと、何カ月もかけて相談してカニサレス・モデルを創り上げた。今も、カニサレスさんはスタンダードでこのギターを使っている。
「今を精一杯、全精力を傾け、忙しいけれど楽しんで邁進しています」。
カニサレスさんは、クラシックのみならずジャズや、ロックなど、あらゆるジャンルとのコラボレーションを果たし、作曲、編曲も手掛け、その驚異的な活躍から目が離せない。
「フラメンコは、エモーションとリズムがうまくマリアージュしたもので、会場にいらっしゃっているお客さんは、ただ、舞台を眺めているというよりも、一体化して参加しているような気持ちになる音楽だと思います」。
今回のインタビューの通訳をし、カニサレスさんのマネージャーで、ファッション・コーディネートもする日本人の奥様、真理子さんと一緒に、今日も世界をひた走る。
(C) Amancio Guillén
「カニサレス・フラメンコ・クインテット来日公演は2018年9月16日福島からスタート」
詳細はコチラ(http://www.plankton.co.jp/canizares/)
文:岩崎由美 撮影:木村咲