<人事を尽くして、道を開く>
人生100年時代。定年を過ぎてからの時間をどう過ごすか。自分の時間をどのように使おうかとワクワクする人もいれば、途方に暮れる人もいるだろう。asmoyu(あすもゆ)代表取締役の安原もゆるさんは、社会起業家として事業を通して「みなさまの明日を楽しくする」仕事をしようと、生き生きと過ごしている。
1954年に兵庫県西宮で生まれ、子供時代をインド・ムンバイとパキスタン・カラチで6年暮らす。東京理科大学理工学部を卒業して東京エレクトロン株式会社に入社。安原さんが入社したころは、社員約700名の会社だった。
「東京エレクトロンと言うのは、1963年に大手総合商社をスピンアウトした数名の若者がつくった技術専門商社で、半導体製造装置やテスターをアメリカから輸入する事業でスタートしました」(安原氏)。現在は、半導体製造装置・フラットパネル製造装置を作るメーカーで、売上は2兆円(2022年3月期業績予想、2022.2.10プレスリリース)に迫り、従業員約1万5000人、時価総額日本第7位(2022年3月15日現在)という日本でも有数の企業である。
ここに38年間在籍し、そのうちの6年をオランダ・アムステルダム、アメリカ・シリコンバレー、イギリス・ロンドンで駐在した。その間に、欧州マーケットにおける担当製品において、数パーセントのシェアを40%にまであげたというから、実は辣腕営業マンでもあった。
「誠実にものごとを伝えると、相手はわかってくれます。私は理系のエンジニアですから、エンジニアにとって、できた製品には愛情を感じます。もっと日本人は世界に誇るモノづくりの国としての、誇りと自信を持ってほしい」と語る。
<ビジネスシーンでリベラルアーツは、必要不可欠>
2022年1月には、『366日の東京アートめぐり』(三才ブックス刊)を出版した。
「広く全国の皆様に読んで楽しんで頂きたいのはもちろんですが、とりわけビジネスエリートに読んでもらいたいです。日本には歴史に裏付けされた国宝や重要文化財、伝統工芸がたくさんあります。歴史的建造物から現代建築、ギャラリーや画廊、街中のパブリックアートを知ったうえで、ビジネスシーンでバックグラウンドとして生かしてほしい。世界を舞台に活躍するためにリベラルアーツとしての知識を獲得してほしいと、書きました」。
「不透明で将来が見通せない世の中をVUCA(Volatility 変動性、Uncertainty不確実性、Complexity 複雑性、Ambiguity 曖昧性)の時代と言います。そのような時代のビジネスにおいて知的生産や経営判断するというときに、従来のロジカルシンキングで、事象には因果関係があり静的でシンプルな構造としてとらえて理性的に論理的に整理するという手法だけでは立ち行かなくなってきています。そうではなくて直感に基づいて、感性から最適解を見つけ出すという手法も必要です。そのベースになるのがリベラルアーツで、広範な知識です。欧米のビジネスエリートは、そういったものがこれからますます重要になることを知っていますので、美術館や博物館に行って理論武装しています。日本のビジネスマンも対応していかないと、対等な立場として相手にしてもらえない状況にあります」。
安原さんは在職中に、海外から日本にいらしたお客様を楽しませたいと、忙しい中、東京シティガイド検定を取り、超難関の国家資格である全国通訳案内士を取得している。そこで、通訳案内士としてのガイドでの経験や、18年間ボランティアとして活動しているNPO法人東京シティガイドクラブでの知識をまとめたのが、この本である。
<視点を変えることがブレークスルーにつながる>
「芸術に触れると感動できますし、味わったことがない世界が広がりその経験が心の糧になります。今までにないものに触れると、そこで偶然の幸運に出会えるかもしれない。また、自分では思いつかなかった切り口で表現をしている作品を見ると触発されます。そうしたこともあって2012年に東京エレクトロンの社員カフェテリア「solae(そらえ)」にアートギャラリーを設けて、新進気鋭の作家の作品を飾るようにしました」。
安原さんが、当時の社長に呼ばれて異動した経営戦略室から、新設部署であるコーポレートブランド推進室室長、CSR推進室室長を兼任していたときに、そのコンセプトをデザインした。社員カフェテリアで社員たちにアートと出会ってもらい、ビジネスで煮詰まった考えから脱却できるようにとの思いからだ。
「いろんな考えの、いろんな価値観のある人たちが何を欲しているのか。それを考え、それに応えて人が楽しむのを見るのが楽しかった」。
2019年に会社を卒業した翌月、ご自身の会社を起業して3年がたった。「宮仕えは、楽しませていただいたと思います。様々な人に出会って、自分のやりたいことができました。社内外の人脈を得たというのが宝物ですね。既存のものではなく新しいものを作り上げていく環境にしていただいて感謝しております」。
「信義に厚く品格を備えているという、ありたい姿に向かって努める姿勢がダンディズムではないでしょうか」と語る安原さん。この4月から、「芸術の素晴らしさを伝え、みなさまの明日を楽しくする」ための企画・提案力を身につけて、より自身のありたい姿に近づけるようにと、京都芸術大学で学芸員の資格をとることに決めた。春からは大学卒業以来41年ぶりに再び学生になる。
安原もゆるさん著書「366日の東京アートめぐり」
内容紹介(三才ブックスより)
約1,400万人の人口を擁する国際的大都市東京都。 首都として政治・経済にはもちろんのこと、 大学や研究機関の学術部門や、 美術館・博物館など、文化的な面でも集積している東京は、世界的な観点で見ても菫要性や影響力の高い文字通りグローバルな都市です。 本書では東京都23区と多摩地区にあるアート発信スポットを366か所、写真とともにその魅力を紹介するビジュアル図鑑です。
定価(税込)2,640円、出版社:三才ブックス
www.amazon.co.jp/dp/486673292X
バリーの靴はイギリス駐在時代に知ってから使い続けています。大切にメンテナンスをしながら長いもので15年ぐらい履いています。自分が選んだほんとうに良いものを身に着けていると自信が持てます。
カフスボタンが好きなことを皆さん知っているので、プレゼントでいただきます。王冠をかぶった蛙はイタリアの幸運の蛙。僕が牛肉好きなので、前の部署を離れるときに牛肉の部位が書いてあるものをくれました(笑)。
入社以来配属されていたビジネスユニットに28年間勤めて、経営戦略室に異動になった時に前の部署のメンバーからいただいたウオーターマンの万年筆。以来13年間ずっと愛用していて、手書きの味を堪能しています。
文:岩崎由美 撮影:岩村紗希 撮影協力:AXHUM Consulting