【とろけるような肌触りのニット】
ショールームにお邪魔すると、製品や生地見本が並んでいたので平台に置いてあったトレーナーを触ってみた。
するとあまりの風合いの良さに手から離せなくなった。
ずっと持っていたい、ずっと触っていたい、柔らかくて、温かくて、何て気持ちが良いニットなんだろう。
こんなトレーナーにはお目にかかったことがない。
A-GIRL’S(エイガールズ)のニットは、世界のラグジュアリーブランドから愛されている。
シャネル、プラダ、アントニオ・マラス、マスター・マインド・ジャパンといったトップデザイナーからのオファーが引きも切らない。
「日本人とヨーロッパ人は、このショールームに来はっても生地の触り方が違います。日本人はチャッチャっと。ヨーロッパ人は頬づりしますよ。それに、ヨーロッパはデザイナー本人がやってきて何時間もいて、決断して帰ります」(山下)
匠の技でニットのテキスタイル(布地)をクリエーションし、唯一無二の素材を生み出している。
【老舗メリヤスメーカーからの脱却】
山下社長は、和歌山の老舗メリヤスメーカーの息子として生まれた。
大学を卒業し、小売りなどを経験してから入社。ことあるごとに父親とぶつかった。
「どこで、どんなふうに、誰に、いくらで売っているか知らないとダメです」(山下)
受注生産が当たり前の業界で、親の反対を押し切り自ら作って自ら売ろうと業界初の生地企画会社A-GIRL’S(エイガールズ)を設立した。
「日本の商品はメチャクチャいいのに、日本人がその良さを理解していない。そんなら外国人に知ってもらったらいいんやないかと輸出することにしたのは、まだ国が輸入を奨励していた1989年のことです」(山下)
一人でフランスに乗り込み、優秀なニッターを探し出して提携することにした。
提携するにあたって、その会社が莫大な契約金を提示してきた。
山下さんは、自分の会社の職人をその会社の工場に短期間いれてほしい、その会社が出展していたパリの世界最大の繊維と服地の見本市「プルミエール・ヴィジョン」のブースに自分を立たせてほしい、といった約束をいくつか取り付けて帰国した。
「そりゃあ、帰ったら怒られましたわ。親父、絶対元とるから」
と拝み倒すようにして提携にこぎつけた。
【日本発、世界一を目指す】
その結果、「プルミエール・ヴィジョン」が日本に門戸を開放した翌年には、A-GIRL’Sとして出展することができ、世界中から注目された。
ただ、英語に慣れていない、送るのに時間がかかる、貿易のことがよくわからない、さらには生地見本がないなど課題は山積みだった。
しかし、そういう経験を通して今がある。
「最初は赤字続きで、そりゃあつらかったですね」(山下)
つい先ごろ2015年3月にNYで開かれた東京ランウェイで、マスターマインド・フィーチャリング・エイガールズのコレクションは大好評だった。
現在、自社ブランドでストールやランジェリーなどNYから発信するなど、グローバルに展開中だ。
「『スローインダストリー』です。あえて生産効率を落として、ゆっくり編むと空気の層ができてふんわりする。わざと糸を少なくして編むので他所にないものができます。それが“命”です。魂と情熱なくして人を感動させることはできません」(山下)
日本が目指すのは、「グローバルニッチトップ」と語る山下社長。
実績に裏付けられたその言葉に、日本の繊維産業の希望が見える。
文:岩崎由美