Taste of the gentleman

紳士のたしなみ

紳士のたしなみでは、紳士道を追求するにあたり、
是非学びたい気になるテーマについて学んでいきます。

私が出会った紳士

Vol.5 鋭利な頭脳をもった紳士 建築家 黒川紀章氏

その紳士は、黒いコートを身に纏い、鋭い眼光をマトリックスのようなサングラスで隠し、お洒落なステッキをついて黒塗りの車から降り立った。出向かえに出た人々の周囲に緊張感が走る。小柄だが威厳があるこの紳士こそ、かの有名な建築家・黒川紀章氏であった。

 私が黒川紀章氏と初めて出会ったのは、文化デザインフォーラムのメンバーに入れてもらった2002年の晩夏である。この会の前身にあたる日本文化デザイン会議を黒川紀章氏が哲学者の梅原猛、評論家の山本七平、草柳大蔵、美術史学者の高階秀爾、グラフィックデザイナーの粟津潔、科学史家の吉田光邦、各氏と立ち上げたのが1980年である。その後、1990年に黒川氏が代表になり名称が日本文化デザインフォーラムと変更された。この会は、建築家をはじめ文化人やアーティストが大勢つどう面白い会であった。異ジャンルで活動する人々が刺激をしあい、みなで地方都市に講演に行ったりもした。私が入会した当時は、榎本了壱さんが代表幹事をされていて、黒川氏は、その会の最高顧問となっていた。

 あるとき、榎本了壱さんと、私と同時期に会員になったバレエ史家の芳賀直子さんとご一緒に赤坂の料亭にお招きいただいた。美味しいお酒とお料理をいただいたが、何をお話ししたらよいのかよくわからず、ちょうどそのころ企画していた短編映画のお話をした、

「面白い、僕は短編映画が大好きだ」

 と、おっしゃるので、さっそく自分で監督・脚本・主演する予定の短編映画『バラメラバ』の企画書をお送りした。すると、

「資料を読みました。支援します」

 という短いメールが届いた。このときほどびっくりしたことはない。あわてて

「ありがとうございます!光栄です」

 と、返信すると、

「数名の方の名前と住所を秘書が送るので企画書に事業計画書を添えて支援を要請するように」

との指示をいただいた。


黒川紀章氏 https://alchetron.com/Kisho-Kurokawa より

「芸術作品なので一銭も儲かりません」という、私の書いたヘンテコな事業計画書にも関わらず、

「黒川さんには、世話になっているので支援する」

という方が数名、そして私の創作を応援してくださっていた方が加わり、『バラメラバ』製作委員会ができあがった。

 『バラメラバ』は、短編映画にしては、異例の素晴らしいスタッフやキャストが集まり、一週間の撮影を敢行した。仕上げ作業は、3ヵ月。企画から1年後にとても奇妙な映画が出来上がった。関係者試写には、黒川氏が大きな花束を持って嬉しそうにやって来てくださった。黒川氏は、こうやって多くの若いアーティストや建築家の後輩を応援し、育ててきた方なのである。

『バラメラバ』は、2005年6月にシネクィントでレイト上映され、カンヌでも発表することができた。おかげで、私は女優からアーティストに華々しく変身することができたのである。

 

『バラメラバ』 関係者試写会打ち上げで、左から黒川紀章氏、蜷川有紀、鈴木清順監督

 

 その後も黒川氏は論文やご著書などいろいろお送りくださったり、メンバーで食事会をしたりして、非常に刺激的な日々を送らせていただいた。私は、もともと建築家の仕事に非常に興味があったので、ほんとうに興奮する毎日だった。黒川氏のご著書や論文を読むためには、こちらもたくさん勉強しなければならず、それはとても豊かな時間だった。なかでもドールスの『バロック論』は、黒川氏に出会って読んだ忘れられない名著である。バロックとは「歪んだ真珠」を意味する言葉であり、美は必ずしも均衡なものにではなく、むしろ歪んでいるのもの中に存在するという。この「歪んだ真珠」とは、黒川氏の愛妻で女優の若尾文子さんを形容したことでも有名になった言葉である。

 最晩年は、癌に侵されシャイで美意識の高い黒川先生らしからぬ行動で世間を驚かせてしまったことは、たいへん残念であったが、おなじ建築家の磯崎新氏がその追悼の言葉のなかで「やるべきことは全てやった」と、おっしゃられたことは、本当に感慨深かった。

 


新国立美術館


福岡銀行本店


中銀カプセルタワービル

 中銀カプセルタワービル、福岡銀行本店、国立劇場、オランダのゴッホ美術館新館、最晩年に手掛けられた国立新美術館など国内外にある建築物の数々。中国の鄭州の都市計画、カザフスタンの首都アスタナ都市計画、サンクトペテルスブルグのクレストフスキー・スタジアムの設計、『共生の思想』(徳間書店)『都市革命』(中央公論新社)をはじめとするご著書など、そのお仕事はすべて感動的である。

 

 昨年10月12日で亡くなられて10年がたった。祥月命日には、いつも文化デザインフォーラムのメンバーで集まりその強烈な個性と、魅力的な人柄を偲んでいる。できることならもう一度お目にかかり、お話をしてみたい忘れられない紳士であり、巨匠である。

2003年頃 仲間とあんこう鍋を食べる会にて

蜷川有紀 YUKI INNAGAWA  (画家・女優)

1978 年、つかこうへい版『サロメ』にて、3000人の応募者の中から主役に選ばれ女優としてデビュー。1981 年、映画『狂った果実』でヨコハマ映画祭新人賞受賞。以降、出演作多数。2004年には、短編映画「バラメラバ」を監督・脚本・主演。2008 年、Bunkamura Gallery にて絵画展『薔薇めくとき』を開催。同年度情報文化学会・芸術大賞受賞。以降、薔薇をテーマにした大規模な個展を毎年開催。岩絵の具で描き上げた魅惑的な作品が女性たちの圧倒的な支持を得ている。2017年5月末にパークホテル東京にて開催した個展『薔薇の神曲』では、縦3メートル横6メートルの超大作「薔薇のインフェルノ」を発表。イベントとしても異例の成功を収めた。また、日本文化デザインフォーラム幹事 、(財)全国税理士共栄会文化財団 / 芸術活動分野選考委員、InnovativeTechnologies 特別賞選考委員、青森県立美術館アドバーザー等として多くの文化活動にも貢献している。

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ダンディズムとは

古き良き伝統を守りながら変革を求めるのは、簡単なことではありません。しかし私たちには、ひとつひとつ積み重ねてきた経験があります。
試行錯誤の末に、本物と出会い、見極め、味わい尽くす。そうした経験を重ねることで私たちは成長し、本物の品格とその価値を知ります。そして、伝統の中にこそ変革の種が隠されていることを、私達の経験が教えてくれます。
だから過去の歴史や伝統に思いを馳せ、その意味を理解した上で、新たな試みにチャレンジ。決して止まることのない探究心と向上心を持って、さらに上のステージを目指します。その姿勢こそが、ダンディズムではないでしょうか。

もちろん紳士なら、誰しも自分なりのダンディズムを心に秘めているでしょう。それを「粋の精神」と呼ぶかもしれません。あるいは、「武士道」と考える人もいます。さらに、「優しさ」、「傾奇者の心意気」など、その表現は十人十色です。

現代のダンディを完全解説 | 服装から振る舞いまで

1950年に創刊した、日本で最も歴史のある男性ファッション・ライフスタイル誌『男子専科』の使命として、多様に姿を変えるその精神を、私たちはこれからも追求し続け、世代を越えて受け継いでいく日本のダンディズム精神を、読者の皆さんと創り上げていきます。

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