Taste of the gentleman

紳士のたしなみ

紳士のたしなみでは、紳士道を追求するにあたり、
是非学びたい気になるテーマについて学んでいきます。

私が出会った紳士

Vol.3 美しくも滑稽な映画をつくる監督 鈴木清順さん


「鈴木清順監督」蜷川有紀・画

「水の中を旅する女の人の話を書いてほしい」
 鈴木清順監督から脚本の依頼が来た。
 その頃、私はちょうど映画を作りたくて清順監督に脚本を書いていることをお話ししていたので、それを覚えていてくださったのだろう。
もう15年以上前のことだ。

さっそく監督にお会いしてお話をお聞きした。

「世界の有名監督達がパリ20区を映像化する『パリ、ジュテーム』というオムニバス映画に 参加することになった。」
「そのための約5分間の短編映画の脚本を書いてみないか?」
「水をテーマに、パリ2区を女の人が旅をする物語を書いてほしい」
とのことだった。

 私は、『チゴイネルワイゼン』『陽炎座』など、清順監督の美しく怖しくも滑稽な映画に心酔していたので大変興奮した。


鈴木清順監督作品「陽炎座」

「私にできるだろうか? 5分間なら出来るかもしれない」
そう思ってチャレンジした。

 ところが、パリ2区には川も池もない。
水をテーマに、というお題をどう処理しよう。
調べてみると地下水道が流れていて、それがオペラ座につながっているらしい。
それで、昔、恋人から預かっていた大切なものを抱えて、地下水道を旅して彼に会いに行く不思議な女の人のお話を書いた。

 シノプシスの表紙には、『- IMAGE POEM -』と書いた。
清順監督にお見せすると、監督はその表紙を長い時間じっと眺めた。
そして静かにその表紙に書いてある文字を撫でた。

「そうなんです。これは、詩なんです」

 それから何度か打ち合わせをしたのだが、結局、清順監督は長編映画『オペレッタ狸御殿』の撮影に入ることになってしまい、『パリ、ジュテーム』には参加しなくなった。

 数年後、「あの脚本を自分で映画化してもよいでしょうか?」とお尋ねすると、
「自分で書いたのだから自分で撮っていいですよ」とのお返事が来た。
私は、脚本を15分に延ばし、出資を募り制作に漕ぎつけた。
それが、私が監督・脚本・主演した短編映画『バラメラバ』だ。


蜷川有紀脚本監督主演「バラメラバ」2004年発表

 初めて監督するにあたり、清順監督からアドバイスをもらいたくお宅にお邪魔した。
監督は、奥様を亡くされ隅田川沿いのマンションにお一人で暮らしていらした。
紅茶とケーキでおもてなしして下さり、その後近所の鰻屋さんでお食事までご馳走になった。
「映画はどうしても監督の人柄が出てしまう。だから、教えられないんですよ」
そう監督はおっしゃった。

 色々お話するうちに、私の頭の中にひとつの言葉が思い浮かんだので、思い切ってそれをぶつけてみた。
「けっきょく清順監督の映画のエッセンスは、エロ・グロ・ナンセンスなんですね」
「ナンセンスがなければいけません」
監督は、決然としてそうおっしゃった。


「バラメラバ」関係者試写会打ち上げ。鈴木清順監督と製作の黒川紀章さん。=2004年

 昭和十八年、清順監督は旧制弘前高校にいたが、学徒出陣で徴兵されフィリピンに向かった。
門司を出た船団は十三隻あったが、無事現地に辿り着いたのはわずか二隻。
マニラから日本に帰る輸送船ではグラマン機の襲撃を受けてたくさんの仲間を失い、清順監督自身も太平洋を漂流したそうだ。(「文藝春秋」09年8月号)
戦地で爆撃にあい、身体が飛び散るように死んでいく姿を見て、清順監督は「滑稽だな」と思ったそうだ。

鈴木清順の映画を紐解く鍵はここにあるはずだ。
清順美学を支えているこの感覚。
人生という奇妙で滑稽な旅を、清順監督は厳しい目でみつめ、美しく妖しい物語として映像化したのだ。
残念ながら女優として清順監督の作品に出演することはできながったが、こんな最高の形で出会い、一緒にものを創ることができたことは感慨深い。

 今年のバレンタインの前日、清順監督は鬼籍に入られた。
きっと、天国の桜の花の満開の下で笑っていらっしゃるのだろう。

愚かな人間の滑稽な姿。
官能的な美女の赤い唇。
泥鰌を肴に飲む日本酒。
そうだ、人生はそんなに悪いものではないのかもしれない。

あの素敵な笑顔を思い浮かべると、そんな思いが湧き上がる。
鈴木清順監督は、私が出会った最高の紳士である。


鈴木清順さん=2004年

蜷川有紀 YUKI INNAGAWA  (画家・女優)

1978 年、つかこうへい版『サロメ』にて、3000人の応募者の中から主役に選ばれ女優としてデビュー。1981 年、映画『狂った果実』でヨコハマ映画祭新人賞受賞。以降、出演作多数。2004年には、短編映画「バラメラバ」を監督・脚本・主演。2008 年、Bunkamura Gallery にて絵画展『薔薇めくとき』を開催。同年度情報文化学会・芸術大賞受賞。以降、薔薇をテーマにした大規模な個展を毎年開催。岩絵の具で描き上げた魅惑的な作品が女性たちの圧倒的な支持を得ている。2017年5月末にパークホテル東京にて開催した個展『薔薇の神曲』では、縦3メートル横6メートルの超大作「薔薇のインフェルノ」を発表。イベントとしても異例の成功を収めた。また、日本文化デザインフォーラム幹事 、(財)全国税理士共栄会文化財団 / 芸術活動分野選考委員、InnovativeTechnologies 特別賞選考委員、青森県立美術館アドバーザー等として多くの文化活動にも貢献している。

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ダンディズムとは

古き良き伝統を守りながら変革を求めるのは、簡単なことではありません。しかし私たちには、ひとつひとつ積み重ねてきた経験があります。
試行錯誤の末に、本物と出会い、見極め、味わい尽くす。そうした経験を重ねることで私たちは成長し、本物の品格とその価値を知ります。そして、伝統の中にこそ変革の種が隠されていることを、私達の経験が教えてくれます。
だから過去の歴史や伝統に思いを馳せ、その意味を理解した上で、新たな試みにチャレンジ。決して止まることのない探究心と向上心を持って、さらに上のステージを目指します。その姿勢こそが、ダンディズムではないでしょうか。

もちろん紳士なら、誰しも自分なりのダンディズムを心に秘めているでしょう。それを「粋の精神」と呼ぶかもしれません。あるいは、「武士道」と考える人もいます。さらに、「優しさ」、「傾奇者の心意気」など、その表現は十人十色です。

現代のダンディを完全解説 | 服装から振る舞いまで

1950年に創刊した、日本で最も歴史のある男性ファッション・ライフスタイル誌『男子専科』の使命として、多様に姿を変えるその精神を、私たちはこれからも追求し続け、世代を越えて受け継いでいく日本のダンディズム精神を、読者の皆さんと創り上げていきます。

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