私が出会った紳士
Vol.1 逆説と諧謔の人・つかこうへいさんとの出会い
紳士というとパッと思い浮かぶのがルネ・マグリットの絵に出てくる山高帽を被った男の人の姿だ。
仕立ての良さそうな黑いスーツを着ている。
よく磨かれた靴を履き、洗練されたエスコート術で女性を夢の世界に誘うことができる。
顔はよくわからない。
黑い森のシルエットを眺めながらパイプを燻らせている。
紳士とは、ひとつのスタイルを身につけている人のことかもしれない。
私は、17才の時つかこうへい構成演出「サロメ」でデビューした。
つかこうへいさんが、紳士だったかどうかはわからないが、独特のスタイルを持っていたのは確かだ。
トレンチコートを肩からはおり、いつもタバコをくわえていた。
「お前らがうけてるんじゃない。俺がうけているんだ!」と役者に豪語し続けた。
今年、つかさんと⻑い間芝居作りを共にした俳優で、現在は映画の脚本家である⻑谷川康夫さんが、そのつかこうへいさんの在りし日の姿を鮮烈に描いた「つかこうへい正伝」が新潮社から発売された。
忘れかけていたつかこうへいんさんの類い稀な個性がみごとに描かれた本である。
第35回新田次郎文学賞と第21回 AICT 演劇評論集、第38回講談社ノンフィクション賞を受賞された。
私も授賞式に駆けつけ、⻑谷川康夫さんを囲んで俳優の風間杜夫さんや加藤健一さん、石丸謙二郎さんたちと在りし日のつかさんを偲んでお酒を飲んだ。
私の知らなかったエピソードがたくさん載ったこの本を読むと、ほんとうににつかさんが二度と現れることのない⻤才だということが理解できる。
つかこうへいさんの舞台づくりは独特だった。
演劇史の中でも、つか以前以降といわれるぐらい、その口立てによる脚本づくりや演出法はユニークだった。
生身の役者を舞台上で活かす方法を模索しつづけたのだろう。
サロメに憧れて応募した私は、つかこうへいさんの演出に出会い驚きの連続だった。
稽古場でまず言われたのは、「此処は田んぼで、サロメのセリフを言いながら畦道を歩いてきて、 肥溜めにおこっこちて農夫に犯されるシーンを演じてみろ!」と言う言葉だった。
女優っていったいなんなのだろう?
演じるってどういうことなのだろう?
17歳の私は戶惑い混乱した。
本番に入っても、毎日ラストシーンは変化しつづけた。
ある日のラストシーンは、降りしきる雪のなか、私が男物のコートを身に纏って登場し、射撃されて倒れることになった。
コートの下に隠してあるボタンを押すと、微量の爆薬がバンバンと破裂して私が倒れたところで幕となった。
舞台が終わり袖に引っ込むと、つかさんが「よくやった」といって私を抱きしめてくれた。
爆薬は微量とはいえ、危険を伴うシーンだったようだ。
私は子供だったので抱きしめられても意味がわからずキョトンとしていた。
蜷川有紀 YUKI INNAGAWA (画家・女優)
1978 年、つかこうへい版『サロメ』にて、3000人の応募者の中から主役に選ばれ女優としてデビュー。1981 年、映画『狂った果実』でヨコハマ映画祭新人賞受賞。以降、出演作多数。2004年には、短編映画「バラメラバ」を監督・脚本・主演。2008 年、Bunkamura Gallery にて絵画展『薔薇めくとき』を開催。同年度情報文化学会・芸術大賞受賞。以降、薔薇をテーマにした大規模な個展を毎年開催。岩絵の具で描き上げた魅惑的な作品が女性たちの圧倒的な支持を得ている。2017年5月末にパークホテル東京にて開催した個展『薔薇の神曲』では、縦3メートル横6メートルの超大作「薔薇のインフェルノ」を発表。イベントとしても異例の成功を収めた。また、日本文化デザインフォーラム幹事 、(財)全国税理士共栄会文化財団 / 芸術活動分野選考委員、InnovativeTechnologies 特別賞選考委員、青森県立美術館アドバーザー等として多くの文化活動にも貢献している。
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