魅力ある紳士達の出会い
第5回「マナーの基本は愛とセンス」
石破茂首相のマナーが取りざたされている。
私自身一番気になったのは、
APEC首脳会議での座ったままの握手だ。
官邸幹部は会議がスタートする前の事なので、
外交儀礼上問題ないとしているが、どう見ても首相を
かばう発言としか思えない。
会議前だろうが会議後だろうが、相手が年長だろうが年下だろうが、
握手は立ってするのが礼儀ではないだろうか。
実は最近、急に大きな収入を得る生活になったが、
どんなものを身につけ、どんな店に行き、
さらにはどんな風にふるまえばいいか分からないという若者が
私の周辺に少なからず出現するようになった。
確かにファストファッションを身にまとい、ファーストフード店に
出入りしている生活からの転換には大きな戸惑いがあるだろう。
しかし恥をかきたくないからと言って、
今さらマナー教室に通う気にはなれないし、
親兄弟とも離れているので、
いちいちアドバイスしてくれる人間も、そばにいないので人知れず悩んでいるという。
マナー講師でもない私自身の個人的見解だが、
マナーの基本にあるのは相手への忘れることのない敬意と美的センスだと思う。
座ったままふんぞり返って握手をする行為は相手への敬意のかけらも見られない。
敬意を払うべき相手というとどうしても
年上の偉い人と思いがちだが、全ての他者への
愛と敬意を忘れてはならない。
公共交通機関の座席に座っていて高齢者や妊婦が来たら
席を立って譲る、これもマナーの一環である。
日本男性はとかくエレベーターでもなんでも、我先にと乗り込もうとする。
老人や女性や子供がいようと、お構いなしである。
また後ろに女性が続いて来ているのに扉を開けて自分さえ通ってしまったら、
見ず知らずの女性の眼前で扉が冷酷にも閉まってしまおうと
全く我関せずの有様である。
欧米の男性は概してレディファーストをわきまえているので、
インバウンドの男性に「譲られる」機会があると
ホッとすると同時に、いささか面食らってしまう。
女子供という概念はポリティカルコレクトネスの世の中において
消失しつつあるが、自分よりも身体的にか弱きものに何かを譲る態度は
圧倒的にその男性をエレガントに
紳士的に見せるものである。
何もバーバリのコートを纏うだけが紳士ではなく、
纏ったうえで余裕のある紳士的な振る舞いができる人こそが
本物の紳士なのである。
相手に対する思いやりや敬意に加えて大切なのは、
何が美しいふるまいで何がそうでないか嗅ぎ分ける感性だ。
わざわざマナー教室に通わなくても、器に顔を近づけて、
大きな音を立てて食べるしぐさが美しくないことは
言うまでもないだろう。
他人のふるまいを見て、美しくないしぐさの人間と
同様のことを決してしないことだ。
例えば、使いっぱなしの水浸しの洗面台は全く美しくない。
人が見ていなくても拭う行為こそが身につけるべきマナーなのである。
女性や高齢者を押しのけて我先にとエレベーターに
乗り込もうとする行為は、愛がないだけでなく傍から
眺めて全く美しくない。
そのうえでマナーというものをより自分のものに
したいのならば、マナー本なりネットなりを熟読し、
礼儀というものを自分に定着させればいいだけのことなのである。
そう、「後は習うより慣れよ」なのだ。
これも個人的な見解で恐縮だが、子供を躾けるにあたって
まず、この3つの事だけは完全にできるように厳しく指導すべきだと
思っている。
① 使った椅子をテーブルの下におさめる(もちろん場所にもよるが)
② 脱いだ靴をそろえて向きを整える
③ 誰に対しても「ありがとう」と即座に言う
この3点さえできれば、マナーにおける基本はクリアしたものと
思っていいのではないか。
神社参拝の作法や茶道における所作など、込みいったものは
専門書で学べばよし。
マナーは決して難しいものではなく、
愛とセンスの総合芸術なのだと強く言いたい。
南 美希子 Mikiko Minami
(元テレビ朝日アナウンサー・エッセイスト・司会者・コメンテーター)
東京生まれ
東京女学館から聖心女子大学国語国文学科へ
大学3年生の時にテレビ朝日アナウンサー試験に合格。
3年終了後、1977年テレビ朝日アナウンス部に入社。
1986年12月に独立。
以降テレビ・ラジオ・執筆・講演・司会などで活躍中。
日本抗加齢協会公認のアンチエイジングアンバサダー。
美容・抗加齢に関しての知識も豊富。
東京理科大学オープンカレッジで話し方の講座を持つ。
https://mikikominami.net















