魅力ある紳士達の出会い
第14回「酒とダンディズム」
ウイスキーの「Stir」を教えてもらったのは20年ほど前のことになるだろうか。
「ウイスキーのない人生なんてありえない」と、
広言するあるダンディな紳士からだった。
Stir(ステア)
水割りしか知らなかった当時の私にとって耳慣れない飲み方だった。
バーカウンターに座る客の眼前で、ウイスキーをステアするための
バーテンダーの巧みな技が繰り広げられる。
タンブラーに大きめのカチ氷を入れ、おもむろにウイスキーを注ぐ。
注ぎ込まれてゆく深い琥珀色をした液体の美しさに、
改めて嘆息せずにはいられない。
手際よく中指の腹と薬指の背でマドラーをはさんだかと思うと、
バーテンダーはグラスの中でそれを時計回りに回転させ始めた。
高速であるはずなのだが、不思議とその動作はおもむろに映る。
氷に惰性がついてグラスの中で涼やかな音を立てて回り始める。
さらに惰性を加速させるため、
彼は手首のスナップをきかせながら回転を加速させていく。
よく覚えていないが、確か120回マドラーを回転させ続けるのだと聞いた。
手首の疲労をものともせずに、何事もなかったように穏やかな笑顔で
バーテンダーはグラスを供してくれた。
水割りだと氷が解けるにつれ濃度が薄まってしまうが、
このステアだと氷を動かすことにより、
グラス全体とウイスキーの温度が冷やされ、
最後まで均一な味わいを楽しむことができるのだ。
さらにウイスキーと水という比重の異なる液体が均一に馴染み合い、
それぞれの風味や香りがバランスよく引き出される。
何て美味しいウイスキーの味わい方なのだろう。
以来私はステアの虜になった。
ひと昔前は前後不覚になるまで酔いつぶれる御仁も少なくなかった。
また飲めない若者がいると「酒も飲めないで一人前づらするな」と言われ、
無理やり飲めないアルコールを飲まされることも珍しくなかった。
今では完全なハラスメントに該当するだろう。
今や職場にアルコール臭を漂わせて現れても、
「またアイツ朝方まで飲んでたな」という感じで
仕事に支障がない限り、強くとがめられることもなかった。
職種にもよるが、現在では完全アウトの場合が多いだろう。
さらには飲酒運転に対しても昔は寛容で、
自己裁量で事故を起こさない自信がある限り、
目こぼしされていたようなところがあった。
これに関しては今振り返ってみてもぞっとする。
現在のように法律が改正され、
飲酒運転の罰則が強化されたことは歓迎に値する。
こんなふうに度を越した飲酒やおきて破りの飲酒に対し、
今では世間の目がぐっと厳しくなった。
そして、お酒を飲まない若い人が増えたように思う。
アメリカで流行りのソバキュリアン(飲めないわけではないが敢えてアルコールを飲まない生き方)
が日本にも伝播し、飲まない若者が多くなったように思う。
マイカーを持たない若者が増えたように、
余計な出費につながるアルコール消費を
減らそうという懐事情もあるのかもしれない。
体質的経済的理由を押してまで無理に飲む必要はないと思う。
しかし、改めてお酒とは
ダンディズムを体現するためになくてはならないツールであると思うのだ。
前出の紳士はとことんウイスキーを愛した。
そしてワインは、
スノビッシュな気取り屋が愛するものだという理由であまり好まなかった。
とにかく酒の値段や知識を自慢げに披歴することを嫌った。
それでいてウイスキーに関する知識とその所蔵数は半端なかった。
グラスへのこだわりも然りだ。
仕事で大成功し、常に仕事に追われ世界を駆け巡る生活をしていただけに、
酒と向き合う時間は己と向き合うかけがえのない時間だったのではないかと思う。
だから女性に接待され法外な料金を取られるクラブの類いを忌み嫌って、
ホテル内の、或いは町場のバーを愛した。
ダイビングとクルージングが彼の趣味であったが、
趣味の最高のお供はやはりウイスキーだった。
酒のない人生もありだと思うが、酒によって深まる人生もある。
それには酒と己れの確たるスタンスを築くべきだ。
お酒とダンディズムは不即不離の関係にあることを、
私は件の紳士から学んだのである。
南 美希子 Mikiko Minami
(元テレビ朝日アナウンサー・エッセイスト・司会者・コメンテーター)
東京生まれ
東京女学館から聖心女子大学国語国文学科へ
大学3年生の時にテレビ朝日アナウンサー試験に合格。
3年終了後、1977年テレビ朝日アナウンス部に入社。
1986年12月に独立。
以降テレビ・ラジオ・執筆・講演・司会などで活躍中。
日本抗加齢協会公認のアンチエイジングアンバサダー。
美容・抗加齢に関しての知識も豊富。
東京理科大学オープンカレッジで話し方の講座を持つ。
https://mikikominami.net















