魅力ある紳士達の出会い
第18回「手書き回帰のすすめ」
文字を書く機会が減って久しい。
ちょっとした時に、簡単な漢字を書こうとしても
「あれ、横棒は3本だったかな?4本かな?」と途惑うことがある。
これは認知機能が衰え始めた高齢者に限った話ではない。
20代の若者でさえ、「あれ?使うってどう書くんだっけ?」とやる始末だ。
いうまでもなく、デジタル化の影響やコミュニケーションの手段の変化で、
手で文字を書くという機会が我々の生活からすっかり奪われてしまったためである。
新しい能力を獲得する一方で、本来の能力が衰退していくのをしみじみ実感する。
書くという作業は、
それを職業としていない限り、日常で必要不可欠なスキルではないかもしれない。
しかし文字を書かなくなった我々は2つの大切な能力を眠らせ、退化させていっている。
ひとつは書くという営為によって養われる思考の整理や、
自己表現のための手段を退化させているという事。
もう一つは肉筆の文字を書くという能力を後退させているという事だ。
これはかなり由々しきことなのだが、
この事を深刻にとらえている人はあまり多くないようだ。
私が20代の頃はラインはおろか、携帯電話さえなかった。
移動電話というと70年代後半の自動車電話から始まった。
電話が車載されていると、車の後ろにしっぽのようにピンと立ったアンテナがついていて、
それはベンツやクラウンといった高級車に多く見られた。
余談だが、
しっぽ付きの車を持つ彼氏は、若い女性にとって大きなステイタスとなりそれだけでモテていた時代がある。
小型軽量な端末が普及するようになったのは1987年のことで、
私自身もいち早く飛びついたが、当然ながら当時の携帯電話は通話機能を有しているだけだった。
そんなわけで、20代の頃、私はよくラブレターを書いた。
当時の恋人も書くことが好きな男性で、
ことあるごとにパリであつらえたという自身のイニシャル入りのカードを送ってくれた。
マリーローランサンという美しい画風で有名なフランスの女流画家は恋多き人でもあったらしい。
晩年身体がきかなくなってベッドで過ごすことが多くなった。
そして、ベッドの下にはかつての恋人たちからの恋文をリボンで束ねてしまってありそれを折々読み返していたという。
私もその逸話を聞いて彼女にあやかろうと思ったが、
古いラブレターは引っ越しで環境が変わるたびに処分しなければならず、
マリーローランサンの真似は出来なくなった。
プリントアウトした手紙は整然として読みやすいが味気ない。
相手の個性・知性・人間性を読み取ることは難しい。
ましてやAIに書かせ、プリントアウトした手紙にいかばかりの価値があるというのだろう。
一方、肉筆の手紙からは筆記具の選び方・筆圧・文字の巧拙から、
その人の息吹が伝わってきて心を動かされることがある。
たまに紙切れに何か書いて人に渡さなくなった時、
ルックスも知性も申し分がないと思っていた男性の文字が小学生みたいに稚拙でがっかりさせられることがある。
あるいは完璧に思えた人だったのに、字に関しては思いのほか子供っぽく逆に好感を抱くことはある。
やはり稚拙な字にがっかりさせられることの方が圧倒的に多い。
しかるべき地位にある人は揮毫を求められることがある。
揮毫とは、色紙に言葉や文章を書くことである。
揮毫から、その人の人間性や知性が伺えるものだ。
だから政治家や著名人、さらに弁えている男たちは、
恥ずかしくない文字を書くスキルをたしなみとしてこっそりと携えているのだ。
AIに書かせ、プリントアウトした手紙が堂々とまかり通っている時代だ。
現代の若者は手書きの手紙に新鮮さを感じ回帰しているとも聞く。
恥ずかしくない文字で、人の心を打つ文章が書けますか?
改めて、自分に問うてみて欲しい。
南 美希子 Mikiko Minami
(元テレビ朝日アナウンサー・エッセイスト・司会者・コメンテーター)
東京生まれ
東京女学館から聖心女子大学国語国文学科へ
大学3年生の時にテレビ朝日アナウンサー試験に合格。
3年終了後、1977年テレビ朝日アナウンス部に入社。
1986年12月に独立。
以降テレビ・ラジオ・執筆・講演・司会などで活躍中。
日本抗加齢協会公認のアンチエイジングアンバサダー。
美容・抗加齢に関しての知識も豊富。
東京理科大学オープンカレッジで話し方の講座を持つ。
https://mikikominami.net
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