Taste of the gentleman

紳士のたしなみ

紳士のたしなみでは、紳士道を追求するにあたり、
是非学びたい気になるテーマについて学んでいきます。

紳士のための恋する日本酒

Issue No.10 水入らずな関係

「まきちゃんはさ、出逢ったその日に『今から結婚しよう!』とか言って、そのまま指輪を買いに行って、教会行って入籍しちゃう様な、そんな人が合うんだよー!イタリア人みたいな。」

オレンジ色の少しだけ疲れた薄手のニットを着た彼女は、コの字型のカウンター越しに酒を飲み干して、笑いながらそう言った。
店内はいつもより若干お客が少なめで、その上、もうとっくの昔に別れた旦那さんと肩を並べて飲んでいるその姿は、なぜか正直、お世辞にも素敵な光景とは言えなかった。

だけどなんだか無性に気になって、しばらく二人の話を聞いていた。

「まぁ、今の時代、そんな思い切りのいい男の人はいませんけどね」

「そうねぇ。なんて言うのかな、はっきり言い切ってくれるみたいな人!単純でいい加減なのと紙一重なんだけど、なんか強烈なエネルギーで決めてくれるみたいな人。分かるでしょ?」

女の人とは何度かこの店で会ったことがあったけど、男性を連れているのは初めてだった。

もう何年も昔に別れた旦那らしい。
それでもまだ家の近くには住んでいて、たまにこうして二人で酒を飲むのだそうだ。

「もうそろそろ帰りなさいよ。酔っ払って帰り道が危ないでしょう」

「いや、まだもう少し。いいだろ」

いちゃついている様にも見えるこの元夫婦は、いわゆる水入らずな関係という言い方以外、適語が見つからなかった。

 

酒が神聖なものとして扱われていた平安時代までは、今よりもアルコール度数の低い酒が多く、大きな土器に注いでみんなで飲み回す風習であったのが、江戸時代中期にもなると熱燗やぬる燗の習慣が広まり、酒器も様々なものが登場した。

そのため、大杯の回し飲みではなく、小さな杯で個人個人が飲む様になった。
人間関係ありきの酒の場が広まった背景には、こんな歴史があった。

親しい間柄という意味で喜ばしいこともあるけれど、一つの杯で献酒(けんしゅ)する際に、口を付けた杯をそのまま相手に渡すのは失礼であるとして、杯をさっと洗う道具が生まれたのだ。

当初は「盃スマシノ丼(どんぶり)」と呼ばれ、明治時代に入ってからは「盃洗(はいせん)」と呼ばれた。

盃洗の常として、器に水が残ってしまうことがあって、これを嫌った言い方が「水くさい」という言葉。
「夫婦水入らず」とか「親子水入らず」とかいうのは、夫婦や親子の間には形式張ったことはいらない、といった意味から出来た言葉であったのだ。

日本人の人間関係には、擦り合わせの文化が根付いている。
仕事の話も、気になる人との話も、いきなり本筋に切り込んでいくやり方は粋とは言えないのだろう。

少しずつ、少しずつ..
礼儀を重んじつつ.. 仲良くなってきたところで、おもむろに「実は..」と話し出す。

そういう文化なのだから仕方ない。
そんな中に「水入らずの関係」でいられる誰かがいるとしたら、それは間違いなく自分の居場所であるだろう。

 

「トイレに行ってくる。」

そう言って立ち上がった男性は、足元をふらつかせ、椅子の背もたれに掴まりながらなんとか歩いて行った。

「ああいうのを見るとね、かわいそうになっちゃうのよ」

そう言いながら出て行った二人を見たら、なにか人間特有の生っぽくて、温かい淡々とした熱みたいなものを感じた。

それが愛なのか、憐憫なのか、そんな事は分からないけれど。

出逢ったその日に結婚するなんてアホみたいな事は、私には出来ない。
だけど、一緒に杯を交わせる水入らずな関係に落ちたとしたら、自分の気持ちに気付くのだろう。

「この人とずっと居たいなぁ」って。

なぜって、
水入らずな関係は、しようとしても成らないのだ。
“そのようになってしまうもの” だから。

人気の少なくなったカウンターに、もう一杯お酒が運ばれてくる。

 

 

野口 万紀子 /  Makiko Noguchi
株式会社  5 TOKYO 代表取締役
クリエイティブディレクター


【取得資格】
SSI認定 唎酒師                   (認定番号 No.042210)
SSI認定 日本酒ナビゲーター             (認定番号 No.9338 )
WSET LEVEL1 AWARD IN SAKE (認定番号 No.313766 )
日本野菜ソムリエ協会認定 パーティースタイリスト
食品衛生責任者


【プロフィール】
東京都目黒区生まれ。女子美術短期大学卒業。モデル、芸能活動後、外資系アパレルブランド、融資コンサル会社等での経験を経て、株式会社 5TOKYOを設立。『日本酒 × ファッション・アート』をテーマに、5感で感じる日本酒の楽しみ方を提案。ソーシャルメディア「SAKE美人」「HANA美人」キュレーター。「和酒フェス公認」 和酒アンバサダー。

【URL】
 5TOKYO
 http://5-tokyo.com
 SAKE美人
 http://sakebijin.com/author/bijin30/
 HANA美人
 http://hanabijin.flowers/archives/author/hana20


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ダンディズムとは

古き良き伝統を守りながら変革を求めるのは、簡単なことではありません。しかし私たちには、ひとつひとつ積み重ねてきた経験があります。
試行錯誤の末に、本物と出会い、見極め、味わい尽くす。そうした経験を重ねることで私たちは成長し、本物の品格とその価値を知ります。そして、伝統の中にこそ変革の種が隠されていることを、私達の経験が教えてくれます。
だから過去の歴史や伝統に思いを馳せ、その意味を理解した上で、新たな試みにチャレンジ。決して止まることのない探究心と向上心を持って、さらに上のステージを目指します。その姿勢こそが、ダンディズムではないでしょうか。

もちろん紳士なら、誰しも自分なりのダンディズムを心に秘めているでしょう。それを「粋の精神」と呼ぶかもしれません。あるいは、「武士道」と考える人もいます。さらに、「優しさ」、「傾奇者の心意気」など、その表現は十人十色です。

現代のダンディを完全解説 | 服装から振る舞いまで

1950年に創刊した、日本で最も歴史のある男性ファッション・ライフスタイル誌『男子専科』の使命として、多様に姿を変えるその精神を、私たちはこれからも追求し続け、世代を越えて受け継いでいく日本のダンディズム精神を、読者の皆さんと創り上げていきます。

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