Taste of the gentleman

紳士のたしなみ

紳士のたしなみでは、紳士道を追求するにあたり、
是非学びたい気になるテーマについて学んでいきます。

紳士のための恋する日本酒

IssueNo.11 ライブ感を詰め込む酒器 大堀相馬焼『IKKON』

日本酒にとって酒器とは味わうためのツールでしかないのだろうか?

猪口には様々な素材や口の広さ、形状の違いがあり、同じ日本酒でも酒器をかえるだけで驚くほど味が変わる。味を感じ取りやすいといった理由からワイングラスで飲むスタイルも、今ではすっかり定着しているが、日本の酒器は日本酒と共に肩を並べて歩んできた文化の一つ。

明治43年創業の大堀相馬焼の窯元「松永窯」4代目の松永武士氏は、震災によって途絶えつつある伝統的工芸品である「大堀相馬焼」の再生を皮切りに、日本の価値を世界に合致させる、伝統産業の専門商社・メーカーの事業を開始。大堀相馬焼の新ブランドである『IKKON』や『クロテラス』など手がけ、グッドデザイン賞を受賞。

かつて「静的」と言われた日本の焼き物は、ライブ感という翼を羽ばたかせ、人の心を動かす文化に進化した。一見同じ様に見える3つの酒器は、手に取る人をワクワクさせる罠を身につけ、味わいやすさだけでなない日本の歴史を物語る。



◆右に出るものはいない。走り駒『IKKON』

福島県浪江町大堀地区に伝わる大堀相馬焼 松永窯の跡取りとして生まれた松永武士氏。350年の歴史を持つ伝統工芸を新たな形で次世代へ繋いでいこうと、全く新しいコンセプト” 体験 ”をテーマにぐい飲み酒器のブランド『IKKON』を立ち上げ注目を集めた。

大堀相馬焼といえば二重焼き構造が特徴で他には無い珍しい技法。入れたお湯が冷めにくく、熱い湯を入れても持つことが出来る。印象的なひび割れ模様は刺青と同じ原理で、釉薬と呼ばれる粘土と色をつける薬の伸縮率の変化のために表面上にヒビが入り、その溝に墨汁を入れ込むことで黒い模様が出来上がる。

描かれている馬の絵は狩野派の筆法といわれる「走り駒」の絵で、旧相馬藩の「御神馬」別名「左馬」。縁起物と言われていて、馬が右を向いていることで右に出るものはいない、これでお酒を飲んだりすると病気にならず勝負事にも勝つといわれている。

◆想いをつなぐ焼き物

学生時代から起業家として活躍していた松永氏は、以外にも焼き物とは遠いジャンルの事業を展開していた。当時ガラケーが主体だった時代、東京と比べると情報量が圧倒的に少ない中で福島の高校生向けにメールと電話だけで進捗の管理をするプログラムを作り、学習塾などで展開。情報の格差を少しでも埋めたいと感じていた。

その後、拠点を中国へ。駐在している日本人やその家族向けの往診を行うクリニックの運営をスタート。人間力をつけるためには苦労が必要だと当時の先輩からアドバイスを受け、学生起業というスイッチを押してもらったのだと語る。そんな彼が窯元の事業を手掛けるようになったきっかけは一体何だったのか。

それは2011年、東北地方太平洋沖地震による東日本大震災。原型をとどめないほど全ての物が破壊され、1日にして変わり果ててしまった故郷を目にした時、松永氏の心が大きく揺れ動いた。命からがら逃げてきた避難所にひとりの高齢者が焼き物を持ってきているのを見つける。

街のアイデンティティは失われ、もう再生することも出来ないかもしれない。皆がそう思っていたその時に「残していかないといけない!街自体も消えてしまったら、思い出すらも消えてしまう」そんな切なる想いから、自分の力で窯元の事業を何としても引き継いでいかないといけない、と強く心に誓ったのだそう。

焼き物があることで、人々の情念や記憶を思い出せるきっかけになるのではないかと考えたのだ。

 

◆ライブ感が生む新たな酒器の世界

震災後の復旧は困難を極めたが、なんとか福島を再生させ、人々の想いに寄り添う物作りをしたい!という強い信念から、家業である大堀相馬焼のぐい飲み新ブランド『IKKON』をスタートさせた。

伝統を残すために必要な新たなキーワードは “ 体験 ” 。「今まで焼き物の現場を見てきた中で感じていたのは、非常に静的であるということ。音楽業界でいうと、CDをひたすら売っているのと同じ様な感じだったんです。ライブで体験してもらわないと分からない本質を、なんとか形にしたいと思ったんです」そんな想いから、体験=価値になる酒器を商品化した。

大堀相馬焼の二重構造を活かして、酒器の外側は同じ形だが内側のカーブが異なる3種類の酒器は、その形状によって同じお酒でも全く別のお酒と勘違いしてしまうほど味わいの変化を体験することが出来る。持ちやすく保温・保冷効果がある二重焼の特性も活かし、更に新しい価値を生み出したのだ。

従来の焼き物のように観賞する楽しみ方だけでなく、口につけて初めてわかる “ 体験 ”を形にしたことで、見て、触って、味わうことで新たなお酒の楽しみ方を発見することが出来る酒器。大堀相馬焼の二重構造という伝統技法は「ライブ感」という新たな切り口から福島の人々の想いは引き継がれている。

「自分の中でのやりたいことに近づいてきている。今後も驚きを提供していきたいし、今後は日本国内だけでなく海外の人にもその魅力を “ 体験 ”してもらえるように進化させていきたい」と語る松永氏。日本文化が本来持ち合わせているシンプル美や機能性を活かしつつ、ライブ感を兼ね備えた新しい価値観は多くの人の心を動かすことになるだろう。

                        

                            文:野口万紀子

 


3種の特徴
二重になった内部のカーブは、味わいや香りを引き出す3種類の形状で、それぞれの味の違いを楽しむことができる。

左:ストレート(STRAIGHT)【しっかり味わう】
直線的な形状は真っ直ぐに口の中にお酒が入り、しっかりと五味(甘味・酸味・辛味・苦味・渋味)を感じられる。複雑な味をしっかりと十分に味わうことができる。

中:ナロー(NARROW)【変化を味わう・すっきり】
底に向かい狭くなっている形状は、はじめと中盤で味の感じ方が変化する。フルーティさと甘み・旨味の余韻が広がり、後に苦味・渋みと穀物系のフレーバーが立ってくる。

右:ラウンド(ROUND)【まろやかに味わう】
丸みがある浅型の形状は、フルーティさとやさしいまるみを感じられる。ピリッと苦味・渋みを感じつつ、香りと共にうまみのボリュームが広がり、まろやかに味わえる。

うっすらと描かれた表面の凹凸により内側形状の刻印が施され、視覚的に中身の形状が分かるようになっている。従来の二重焼の外側にあった孔を現代の技術でほぼ完全に塞ぐことを実現しデザイン的にも洗練させた。


同じ酒でも酒器の形状によって異なる味わいを、様々な料理とともに楽しむことができる。形状表記の部分を隠して飲んでみて、どのデザインか当てるのも楽しみの一つ。

カラーバリエーションは優しい色合いの3色展開。
左:DOUBLE WALL SAKE CUP 「White glaze SET」 ¥9,000
中:DOUBLE WALL SAKE CUP 「Green glaze SET」 ¥9,000
右:DOUBLE WALL SAKE CUP 「Black glaze SET」 ¥9,000

香港で開催された食と日本酒とIKKONのイベントの様子。ひとつのお酒で味が変化することの発見と、自分にとってベストなマッチングが見つけられるという意見が。

外国人にも分かりやすく体験してもらえるペアリングイベントの様子。違った種類の日本食とIKKONで楽しむ日本酒の相性に驚くゲスト。

野口 万紀子 /  Makiko Noguchi
株式会社  5 TOKYO 代表取締役
クリエイティブディレクター


【取得資格】
SSI認定 唎酒師                   (認定番号 No.042210)
SSI認定 日本酒ナビゲーター             (認定番号 No.9338 )
WSET LEVEL1 AWARD IN SAKE (認定番号 No.313766 )
日本野菜ソムリエ協会認定 パーティースタイリスト
食品衛生責任者


【プロフィール】
東京都目黒区生まれ。女子美術短期大学卒業。モデル、芸能活動後、外資系アパレルブランド、融資コンサル会社等での経験を経て、株式会社 5TOKYOを設立。『日本酒 × ファッション・アート』をテーマに、5感で感じる日本酒の楽しみ方を提案。ソーシャルメディア「SAKE美人」「HANA美人」キュレーター。「和酒フェス公認」 和酒アンバサダー。

【URL】
 5TOKYO
 http://5-tokyo.com
 SAKE美人
 http://sakebijin.com/author/bijin30/
 HANA美人
 http://hanabijin.flowers/archives/author/hana20


【SNS】
 Facebook
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 Instagram

 https://www.instagram.com/makiko_noguchi/

 

ダンディズムとは

古き良き伝統を守りながら変革を求めるのは、簡単なことではありません。しかし私たちには、ひとつひとつ積み重ねてきた経験があります。
試行錯誤の末に、本物と出会い、見極め、味わい尽くす。そうした経験を重ねることで私たちは成長し、本物の品格とその価値を知ります。そして、伝統の中にこそ変革の種が隠されていることを、私達の経験が教えてくれます。
だから過去の歴史や伝統に思いを馳せ、その意味を理解した上で、新たな試みにチャレンジ。決して止まることのない探究心と向上心を持って、さらに上のステージを目指します。その姿勢こそが、ダンディズムではないでしょうか。

もちろん紳士なら、誰しも自分なりのダンディズムを心に秘めているでしょう。それを「粋の精神」と呼ぶかもしれません。あるいは、「武士道」と考える人もいます。さらに、「優しさ」、「傾奇者の心意気」など、その表現は十人十色です。

現代のダンディを完全解説 | 服装から振る舞いまで

1950年に創刊した、日本で最も歴史のある男性ファッション・ライフスタイル誌『男子専科』の使命として、多様に姿を変えるその精神を、私たちはこれからも追求し続け、世代を越えて受け継いでいく日本のダンディズム精神を、読者の皆さんと創り上げていきます。

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