Taste of the gentleman

紳士のたしなみ

紳士のたしなみでは、紳士道を追求するにあたり、
是非学びたい気になるテーマについて学んでいきます。

紳士のための恋する日本酒

Issue No.5 世界が求める燗付け

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「燗付師」という言葉を聞いたことがあるだろうか?
日本酒を温めること(燗付け)のプロフェッショナルのことである。
先日、この言葉を初めて耳にした。
と同時に、日本酒を温めるためだけにエネルギーを投じている人がいる事に驚愕した。

私が知る限り、この「燗付師」と呼ばれるさきがけは今の所一人しか知らない。
その上、こんなに気になっているのに既に拠点を海外に移したその男は、香港を象徴する華やかな繁華街から奥へ入り、灯りもほとんど無いもの静かな白い暖簾をくぐった先に湯を沸かしている。
普通に訪れた者は、まず見つけることが出来ないであろう隠れ家的な店である。
酒と料理の組み合わせから生まれる味を極め、火の入り方を熟知した燗付け姿は、まるで茶道の所作の様に無駄がなく美しいという。
また、飲んでいくうちに温度が冷めてきても美味しくなる様に、計算され尽くしている。

この「燗付師」についてはここでは深く触れないでおくが、このさきがけが「日本酒を温めること」にこだわり続け、以前スカイツリー近くに店を構え日本酒好きがこぞって通う伝説の店を経て、香港の奥地に挑んだ経緯を知った私は、「燗付け」が世界の求める日本酒の飲み方であると再認識したのだ。

■燗付けで何が変わるのか?

当たり前の様に知っていることであるが、日本酒は冷酒でも熱燗でも楽しむことができるお酒である。
しかし世界中どこを探しても、日本酒ほど幅広い温度帯で楽しむことが出来るお酒は存在しないのだ。
同じ日本酒でも燗付ける事で、がらっと味が変わるのである。

温めることで一体何が変わるのか?
一番は、温まることで香気成分が変化するので香り豊かになる事である。
杯を鼻につけた時に感じる独特のツンとした刺激臭を感じにくくなる。
そして極めて短時間で熟成したかのようなまろやかさが出てくるのだ。
アミノ酸、乳酸が変化するので非常に味わいが膨らみ、もともと他のお酒と比べても多く含まれている旨味成分が更に増してくる。
この旨み成分こそふっくらとした丸みを感じさせる、燗酒ならではの味わいになる。

キャビア、イクラなど臭みの強いものと合わせても燗酒は脂を繊維に溶かす作用があるので、魚介類の生臭さを引き出すことなく上手く調和してくれる。
人間の舌は、冷たいものよりも温かいものの方が旨味を感じやすくなると言われていて、燗酒を飲んだ方が、合わせる料理をより美味しいと感じることが出来るのだ。

■「燗酒=良くない日本酒」のイメージが出来てしまった理由

かつて燗酒は悪い印象を持つ人が多かった。
あまり良くない日本酒を燗付けすることで「ごまかす」イメージが根付いていたため、特に女性は進んで注文する人は少なかったのだ。
今でもその流れは少し残っているようだが、決して美味くないお酒をごまかす手法ではない。

 そう思われてしまった理由は、戦後、物資が不足していた日本の背景に繋がっている。
当時多く出回っていたのが増醸酒と呼ばれるもので、米と米麹に、水で希釈した醸造アルコールを加え、味が薄まった分だけ糖類や酸味料、グルタミン酸などを添加して三倍に増やし、これにアルコールを添加した清酒とブレンドして作られたものを三倍醸造酒と呼んでいた。

こういった三倍醸造酒は、米不足や日本酒不足を解消する得策として長い期間続いた製法で、賛否両論の意見が飛び交ったが、戦後、日本酒の原料となる米そのものも不足していた日本にとって、市場を潤わす策であったことは間違いない。
添加物が混ぜられていることで当然味の品質は良いものとは言えず、雑味を消すために燗付けして日本酒を嗜む人が多かったため、現在も「燗酒=良くない日本酒」というイメージや悪酔いしたり、二日酔いするといった印象が定着してしまったのだ。

しかし、戦後から現在に至る間、経済成長と共に日本酒の種類は昔の何倍にも増え、非常に良質の酒が多く作られるようになった。
丁寧に造られた上質のお酒こそ燗酒で飲むことで、酒そのものの持ち味が如実に現れる。
つまり、蔵の実力をダイレクトに感じることが出来るのだ。
むしろ、ただ辛いだけとか重いだけとかの薄っぺらなお酒では、燗付けをしても美味しくはならない
燗酒にマイナスのイメージを持っている日本人をそっちのけに、海外では燗付師の精魂込めた燗酒に舌鼓を打っている者が溢れているのだ。

■フレッシュなものこそ燗付けでジューシーさ倍増

一般的に燗付けに向く日本酒はしっかりボディの日本酒が多く、熱を入れ込むことでより深い旨みや奥行きを引き立たせることができると言われている。
種類で言うと、生酛や山廃が向いていると言われることが多いのだが、燗酒に向く日本酒はそれだけではない。
反対のジャンルに分類される大吟醸や生酒などは、フレッシュな味わいを楽しむ為に冷やにする方が良いと思われがちであるが、こういったお酒こそ繊細な味を活かす燗付けをすることで、やわらかく熟した果実の様な芳醇な味わいを楽しむことができるのだ。

 ■温度によって変わる味わい

ひと口に燗付けと言ってもその温度帯は様々で、温度によってそのお酒の味わいは大きく変わってくる。
温度帯によってそれぞれ呼び名が付けられている。

 

【冷や】
5℃     雪冷え  (約20時間冷蔵した状態。)
10℃   花冷え  (約1時間冷蔵した状態。)
15℃   涼冷え  (冷蔵庫から出してしばらく放置した状態。)

 【常温】
20~25℃ 冷や   (冷蔵しない状態)

 【燗】
30℃   日向燗  
35℃   人肌燗  (ちょっとだけ温かいな、と感じるくらい。)
40℃   ぬる燗  
45℃   上燗   
50℃   あつ燗  (標準的なお燗の温度帯。)
55~60℃ 飛び切り燗

大旨30℃くらいから日本酒に含まれる雑味成分が飛び、まろやかになってくる。
人肌に近い温度の「人肌燗」を中心に、温度によって日向燗、ぬる燗などの呼び名が。
純米吟醸や純米大吟醸などは40℃くらいから華やかな風味が引き立ってきて、純米酒の辛みは、45℃くらいから出やすくなる。
飛び切り燗と呼ばれるかなり熱めの温度帯は、燗付けにおけるプロ領域。
熱が入ることで酸が増し、ふくよかさが格段に増してくるので、しっかりした味わいの山廃や生酛が美味しく感じられる。

 ■自分で出来るカンタン燗付け法

お酒の魅力を最大限に引き出す燗付けをするためには、そのお酒をよく知ることである。
一番輝く温度を知り尽くしている燗付師の様に、1℃刻みで精密な熱入れを施す技術は、難しそうで自分では手を出しにくいと思うかもしれない。

しかし難しく考えることはなく、キッチンでお茶を入れる様に簡単に美味しく出来るのだ。
肝心なポイントは、湯煎で温めること。
電子レンジだと簡単に短時間で出来るのだが、どうしても加熱ムラが出てしまうことで味わいが安定しなくなってしまう。
湯煎する際には安くて軽いアルミ製のちろりを使うと、誰でも美味しく燗付けることが出来る。
軽くて扱いやすいし、お酒の色をチェックするのにも適しているから。

 お湯はいきなり沸騰させないで少しづつ温度を上げていき、徳利で温める場合は形や素材によって味わいが変わってしまうので、同じものを使って温め比べて自分にぴったりの温度帯を見つけてみよう。
飲みきらなかったお酒をもう一度温め直す二度づけ燗も柔らかな口当たりになるので、色々試してみるのも楽しい。

もっと簡単な方法はコップ燗
お碗に熱めの湯を張って、その中に陶器の猪口を入れるだけ。
ゆっくりと熱が入り5~6分くらいで美味しく仕上がる。
私はこんな感じで、日々の食卓に気軽に燗酒を取り入れている。

 
人肌燗とかぬる燗とか、どことなく人の温かさを感じさせる燗酒は、疲れて帰ってきた後にゆったりと浸かるお風呂の様に人の温もりがある。
ほっとする安堵感が味わいと混ざり合って、一人酒をしていても不思議と寂しさを感じない。
日本の燗付け文化で世界が温まる日は、もう到来しているのかもしれない。
海を越えた燗付師の店の電話は、今日も鳴り止まない。

 

野口 万紀子 /  Makiko Noguchi
株式会社  5 TOKYO 代表取締役
クリエイティブディレクター


【取得資格】
SSI認定 唎酒師                   (認定番号 No.042210)
SSI認定 日本酒ナビゲーター             (認定番号 No.9338 )
WSET LEVEL1 AWARD IN SAKE (認定番号 No.313766 )
日本野菜ソムリエ協会認定 パーティースタイリスト
食品衛生責任者


【プロフィール】
東京都目黒区生まれ。女子美術短期大学卒業。モデル、芸能活動後、外資系アパレルブランド、融資コンサル会社等での経験を経て、株式会社 5TOKYOを設立。『日本酒 × ファッション・アート』をテーマに、5感で感じる日本酒の楽しみ方を提案。ソーシャルメディア「SAKE美人」「HANA美人」キュレーター。「和酒フェス公認」 和酒アンバサダー。

【URL】
 5TOKYO
 http://5-tokyo.com
 SAKE美人
 http://sakebijin.com/author/bijin30/
 HANA美人
 http://hanabijin.flowers/archives/author/hana20


【SNS】
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ダンディズムとは

古き良き伝統を守りながら変革を求めるのは、簡単なことではありません。しかし私たちには、ひとつひとつ積み重ねてきた経験があります。
試行錯誤の末に、本物と出会い、見極め、味わい尽くす。そうした経験を重ねることで私たちは成長し、本物の品格とその価値を知ります。そして、伝統の中にこそ変革の種が隠されていることを、私達の経験が教えてくれます。
だから過去の歴史や伝統に思いを馳せ、その意味を理解した上で、新たな試みにチャレンジ。決して止まることのない探究心と向上心を持って、さらに上のステージを目指します。その姿勢こそが、ダンディズムではないでしょうか。

もちろん紳士なら、誰しも自分なりのダンディズムを心に秘めているでしょう。それを「粋の精神」と呼ぶかもしれません。あるいは、「武士道」と考える人もいます。さらに、「優しさ」、「傾奇者の心意気」など、その表現は十人十色です。

現代のダンディを完全解説 | 服装から振る舞いまで

1950年に創刊した、日本で最も歴史のある男性ファッション・ライフスタイル誌『男子専科』の使命として、多様に姿を変えるその精神を、私たちはこれからも追求し続け、世代を越えて受け継いでいく日本のダンディズム精神を、読者の皆さんと創り上げていきます。

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