Taste of the gentleman

紳士のたしなみ

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是非学びたい気になるテーマについて学んでいきます。

伯爵夫人も夢中になった!マリー・ローランサンの肖像画は美肌モード

パリで活躍した画家マリー・ローランサンといえば肖像画。
肖像画のほとんどが女性を描いたものですが、夢の中で出会った女神のように柔らかくて優雅な美をたたえています。
そのマリー・ローランサンが最盛期だった1920年代の作品を中心として、当時のパリ・モードの世界も堪能できるという展覧会が、渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで始まりました。「これは是非、ひたりたい世界!」ということでいち早く会場へ向かいました。

展覧会会場で、最初に目が合ったのが、ゴージャスこの上ないグールゴー男爵夫人。
この2枚、両方とも彼女の肖像画なのですよ。言われてみれば同一人物ですが、衣装や帽子も違うし、何よりもやっとしているので、「あっ、グールゴー男爵夫人だ!」とわかるように描いているというよりは、全体的に「美しい女性だな~」と感じさせてくれる絵です。

マリー・ローランサン《ピンクのコートを着たグールゴー男爵夫人の肖像》1923年頃 油彩/キャンヴァス パリ、ポンピドゥー・センター(右)、マリー・ローランサン《黒いマンテラをかぶったグールゴー男爵夫人の肖像》1923年頃 油彩/キャンヴァス パリ、ポンピドゥー・センター(左)、展示風景より

実はこの2枚、ローランサンにとって重要なステップとなった作品です。
人々が、生きる喜びを謳歌するように浮かれた「狂騒の時代(レザネ・フォル)」であった1920年代パリで、彼女を売れっ子画家へと押し上げた作品だからです。
なぜそうなったかというと、この肖像画のモデルであるグールゴー男爵夫人は、当時のパリ社交界の中心人物。その夫人が、最初に描いてもらった《ピンクのコートを着たグールゴー男爵夫人の肖像》を気に入り、再度ローランサンに依頼して描いてもらった黒いマンテラをかぶったグールゴー男爵夫人の肖像》が社交界で大ヒット。ローランサンに肖像画を描いてもらうことが、上流階級夫人のステータスといわれるまでになったのです。

それにしても、当時の上流階級のご婦人たちは、なぜこのように描いてもらって嬉しかったのでしょうか?

私自身が女性なので、女性として描かれて、嬉しいポイントをちょっと上げてみます。

まず、輪郭線がもやもやとしてぼかされている上に、淡い色彩がふんわり優しくのせてあるので、とにかく「アラ」が目立たない!要するに「美肌モード」なのです。
その上でチャームポイントである夢見がちな大きな瞳、抜けるように白い肌、うっすらピンク色に染まったほっぺたは、しっかり伝わるように描かれています。女性が「こういう風に見えたい、そういうところを褒めて欲しい」と思っているポイントを絶妙にとらえて描いているのです。
これは、ローランサンが女性だったというだけではなく、女性が恋愛の対象であったことも、無縁では無いと思います。

展覧会では、グールゴー男爵夫人を描いたのと同じ頃に描いた《ニコル・グルーと二人の娘、ブノワットとマリオン》という作品も展示してあります。そして、ここに描かれているニコルこそが、ローランサンと親密な関係にあったとされている女性です。

マリー・ローランサン 《ニコル・グルーと二人の娘、ブノワットとマリオン》 1922年 油彩/キャンヴァス マリー・ローランサン美術館 ©MuséeMarieLaurencin

ふたりの娘とともに描かれているニコルは、やはり美しく白い肌にほんのりピンクの頬、こぼれ落ちそうなほど大きな瞳をして、たっぷり膨らんだスカートがゴージャスなピンクのドレスを着ています。ローランサンは、ひそかにニコルが自慢に思っている部分をさりげなく描き出しつつ、同時にそれは、ローランサンが同性の恋人の魅力として好きな部分だったのかもしれません。
そして、 特に女性としては高解像度にしなくても良い部分が大胆にぼかされているので、絵画版の「美肌モード」が心地よく成立しています。鼻の周辺など、鼻の形が分からないほどになめらかにならしてあるので、毛穴の心配も無用です! 

また、彼女が描いた女性のポートレート全般に言えるのですが、男性が期待するような肉感的な官能性や色目使いがほとんど見られないのもマダムたちの人気を得た一因かもしれません。
そのかわりに、性を超えた「純度の高い」フェミニニティが出来上がっています。ファンタジックなだけに、「完璧な」女性美!伝統にのっとった、男性が理想とする女性美とは違う、女性が喜ぶ女性美だったのかもしれません。

展覧会公式図録の中では、深谷克典さんが、ローランサンの絵は、同時代のヘテロセクシュアル(異性愛者)の女性画家が描く女性美とも違うと指摘しています。

「ローランサンの描く女性の特異性は、同時代のパリで活躍した他の女性画家と比較すると、さらに明確になる。ユトリロの母としても知られるシュザンヌ・ヴァラドンやアールデコの時代を体現した画家タマラ・ド・レンピッカらが描く女性たちが発する、生々しいほどの官能性や挑発性は、ローランサンの作品には微塵も見当たらない。そこにあるのは、表面的なものや慣習的なものを全て取り去って、なお女性的としか形容のしようがない優美さと繊細さである。しかもそれはローランサンの筆によってしか成しえない優美さと繊細さであり、この画家は既存の女性的なるものに頼るのではなく、新たなる女性の美を見出し創造してみせた。つまり主題やモティーフが女性的なのではなく、線と色彩と形態が織りなす、造形的な世界の魅惑がかつてないものであり、それは女性的という言葉によってしか表現し得ないものなのである」(展覧会公式図録「マリー・ローランサンとモード」12~13ページより引用)

エティエンヌ・ド・ボーモン伯爵夫人も、そのようなローランサンの肖像画に魅了された一人なのでしょう。等身大の人物より大きいと思われる巨大な肖像画を彼女に描かせています。でもこちらは変わり種。子供時代の婦人を想像して描いた肖像画です。アバンギャルドなアーティストたちを招いて開催した仮装舞踏会で有名だったボーモン伯爵夫妻の邸宅の玄関ホールに設置されていたとのこと。

《エティエンヌ・ド・ボーモン伯爵夫人の空想的肖像画》1928年、展示風景より

この絵の前に座った夫人本人が、客人を迎えているモノクロの写真を展覧会公式図録36ページに見ることができますが、かなりシュールです。でも彼女の満足そうな表情からは、「狂騒の時代(レザネ・フォル)」のクリエイティブシーンをリードしていたボーモン夫妻の美学を、ローランサンの絵が玄関に鎮座することで象徴的に表現してくれていたということが想像できます。

この「マリー・ローランサンとモード」展を巡っていると、ピカソ、コクトー、マン・レイ、ディアギレフの「バレエリュス」など、世界各地から芸術家たちがパリに集まり、ジャンルを越えて創造のうねりを巻き起こしていた同時代の空気がバリバリ伝わってきます。
また、ローランサンと同じく1883年に生まれ、同時代にファッション界で華々しく活躍したシャネルのモードも刺激的に展開します。

美肌モードで幸せにあふれるマダム達に囲まれて、私たちもハッピーになれる展覧会です。
【展覧会基本情報】
タイトル:マリー・ローランサンとモード
会期:2023年2月14日~4月9日 
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
住所:東京都渋谷区道玄坂2-24-1
電話番号:050-5541-8600 
開館時間:10:00〜18:00(金土〜21:00) ※入館は閉館の30分前まで 
休館日:3月7日
料金:一般 1900円 / 大学・高校生 1000円 / 中学・小学生 700円 / 未就学児は無料
【参考文献】
展覧会公式図録「マリー・ローランサンとモード」

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菊池麻衣子 
【現代版アートサロン・パトロンプロジェクト代表、アートライター、美術コレクター】
東京大学卒:社会学専攻。 イギリスウォーリック大学大学院にてアートマネジメントを学ぶ。ギャラリー勤務、大手化粧品会社広報室を経て2014年にパトロンプロジェクトを設立。

【月刊誌連載】2019年から《月刊美術》「菊池麻衣子のワンデイアートトリップ」連載、《国際商業》アートビジネスコーナー連載
 資格:PRSJ認定PRプランナー
同時代のアーティスト達と私達が展覧会やお食事会、飲み会などを通して親しく交流する現代版アートサロンを主催しています。 美術館やギャラリーなどで「お洒落にデート!」も提唱しています。

パトロンプロジェクトHP:  http://patronproject.jimdo.com/
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ダンディズムとは

古き良き伝統を守りながら変革を求めるのは、簡単なことではありません。しかし私たちには、ひとつひとつ積み重ねてきた経験があります。
試行錯誤の末に、本物と出会い、見極め、味わい尽くす。そうした経験を重ねることで私たちは成長し、本物の品格とその価値を知ります。そして、伝統の中にこそ変革の種が隠されていることを、私達の経験が教えてくれます。
だから過去の歴史や伝統に思いを馳せ、その意味を理解した上で、新たな試みにチャレンジ。決して止まることのない探究心と向上心を持って、さらに上のステージを目指します。その姿勢こそが、ダンディズムではないでしょうか。

もちろん紳士なら、誰しも自分なりのダンディズムを心に秘めているでしょう。それを「粋の精神」と呼ぶかもしれません。あるいは、「武士道」と考える人もいます。さらに、「優しさ」、「傾奇者の心意気」など、その表現は十人十色です。

現代のダンディを完全解説 | 服装から振る舞いまで

1950年に創刊した、日本で最も歴史のある男性ファッション・ライフスタイル誌『男子専科』の使命として、多様に姿を変えるその精神を、私たちはこれからも追求し続け、世代を越えて受け継いでいく日本のダンディズム精神を、読者の皆さんと創り上げていきます。

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